章・過去が眠る楽都市で踊り狂え

08.戦の夜は長く暗く


 
「この×××野郎!てめぇの腐れ○×なんざ犬に食われちまえ!」
聞くに堪えない雑言を喚く少女――驚くべきことにこの事のリーダー格はその首に黒いチョーカーが光っていた。マギナ防止帯である。
「女の子がそんなことを口にするものではない」
近藤が諫めるが、少女はつばを吐きかけた。蘭が怒気を纏い少女に詰め寄ろうとするのを近藤は片手で制した。委文はおやおやと肩をすくめ、残りの雅人と室井は眉をあげただけだ。
「駄目だ」
「しかし近ちゃん!」
「・・・早乙女君・・・その呼び方の方が傷つくんだが・・・・・」
それこそ蘭は鼻先で笑い飛ばし、小娘に指を突きつけた。
「あほなじゃりんこにはお灸で燃やした方がいいぜぃ?」
「早乙女君も口では人の事がいえんなぁ」
「でも最終的には燃えるっしょ」
日本は火葬が基本だぜぃ!
胸を張る蘭の後ろで室井がうんうんとぼーっとした顔で肯いていた。
 どうしてルトベキアというか"彼”に関わりのある人間はどこかがおかしいのか。類友か、英雄の魂が呼び集めているのか。
 近藤は軽く胃痛を感じながら改めて落ち着けと制した。
「てめぇら、ぜってぇぶっ殺してやる・・・!」
「はっはっは。胸囲で勝っているあたしになにをいっているんだぜぃ?あたしの下僕に負けたぺちゃっこが!」
 どーんと豊かな胸を突き出す蘭。少女は涙まじりでその胸を憎々しげに睨み付けた。後ろで雅人が下僕じゃねぇ!と叫んだがどちらも完全無視。そこにあるのは古来から燃えさかる女の戦いだ。
「ふん!それがどうした!胸があったからって飯が食えるか!」
「いーや!胸があったらなんもなくても食えるぜぃ!ぺちゃなんてコアな変態客しかひけん!」
「そ・・・・!」
んなことはないと言おうとしたのかしていないのか。少女はそこで言葉を切り、怒りを堪えるためのクセなのだろう、歯がぎしりと鳴った。蘭ではなく男どもを睨み付けた。
「この下劣どもが!」
 八つ当たりに近い形の怒声を浴びた男どもは平然としたものだ。雅人は堂々と胸を張り、
「俺は胸がぼいーんとあるのがいい」
「みどりさんの大きさでぼくぁ、十分だよ」
妻帯者は妙にリアルな手つきで空気を大きく揉んだ。
「乳がでかいからって母乳量が多いわけではないが・・・・人間女性の乳房は社会器官といってー進化の過程でどうも大きい方がー男をだませれるーと気がついた結果だな。そして俺は男だ」
 最後に室井が豆知識を交えてカミングアウトし、蘭の高笑い、少女の喚き声と続いたが、それも近藤の説教でかき消されていった。



「うわぁっなんかこの悪寒は局長が説教しとる気がそこはかとなくー!!」
「なんでそんなにピンポイントなんですか」
 雅人達が主格を捕まえた事によって的は総崩れになった・頭のない力はさらなる力に押しつぶされるだけだ。サトルの臨時相棒である悠はマギナで明かりを灯していた。
 残党がいないか確認していた途中で突如身を悶えさせたサトルに呆れたが、ふと思い出した。
「そういえば、サトルはマギナ使いを倒してガーディアンになったと聞きましたが」
「なぁ、その関東弁やめてくれん?肌がぞわぞわするわ」
「・・・・・わかった。その倒したマギナ使いって誰なんだ?」
渋面になったサトルは今日は燃え尽きたというかのように答えた。
「・・・・・・・蘭姐」
「は?」
んーっと額の生え際の髪をかきながらサトルはごまかすように笑った。
「ま、蘭姐が焦って荒れてたときやったし?まぐれやて」
勝てたのそれっきりやし。
その言葉をようやく頭が認識許可を下ろした。悠はざっと一歩足を引いた。史上最悪の魔女・・・
「・・・・早乙女、先輩!?」
「いや、だからまぐれやて。それ以来ちょぉっと目の敵にされとったからーあぁぁぁ・・・・・・・あんま古傷えぐんなや!」
泣いちゃうやん!
エンの修行を乗り越えたはずのサトルは本気で嫌がっていた。
「エン様は男らしく陰湿やけど蘭姐は女らしく陰険やってん」
あのあとどんだけぼこられたか!
それはむしろ豪快なのでは?とツッコミ属性が強化された悠は内心首を傾げたが、サトル達が倒した相手を知った驚きを隠せなかった。
「僕達はサポートが仕事なんですよ!盾評議会に見つかったらいけない身ですのに表舞台にたつなんてことできるわけじゃないですか!」
「サトル、落ち着け。標準語になってるよ」
OK、もう大丈夫や。
「とーにーかーく。この話はなし!無視!虫の息!」
最後に回復しているのだがそこには触れなかった。
「・・・・・それにしても、サトルはそんなに強いのか」
 それは疑問ではなく賞賛をこめた確認。サトルの人となりに触れたからだろう。最初の頃に感じた嫌な感じはわかなかった。サトルはこの場から撤収するためライフルを担ぎ直した。月夜は明るく、ビルの元に優しい影の重奏をつくっていた。サトルは月を見て目を細めた。その表情は影になっていて悠には見えない。
「まさか。むっちゃ弱いわ」
「弱くて早乙女先輩は倒せませんよ」
「いやー、まぁそういったらそうやねんけど」
なんていうかな。
 苦いものを無理矢理飲み込んだ声。
「俺・・・俺とカナメってマギナ使えんやん?それで色々あってん」
「色々?」
ん。と小さな肯定。
「お前らはさ、俺らがガーディアンになっとってずるい、ゆうたやんかぁ、でも俺らからしたらお前らの方がよっぽどずるいねん」
「マギナ、か」
そ。
 マギナで灯された道を二人は歩き始めた。その足取りは普通だ。ゆっくりでもなくはやくもなく、世間話をしているようなテンポ。仕事は完了した。あとは作戦本部に帰って、事後処理だけだ。恐らく天照に襲撃者達を留置してもらうことになるだろう。あれだけの人数を閉じこめておく施設を遊都盾は持っていない。
「むっちゃずるい。ワイらがむっちゃがんばってできること、お前らはたった一言ですませれるやん」
「近藤局長はだからこそ、マギナ使いは怠け者だと批判しましたよ」
「でも結局、いざってときには使えるやん」
その言葉の冷たさに悠ははっとサトルを見た。黒く悲しみに澱んだ瞳。
「目の前で大事な人、むちゃくちゃにされてんの助けられるやん。体が動かんでも声がだせれば助けられるやん・・・・・わいらはなぁんものできんかった。叫ぶことしかできんかった」
 サトルは胸の辺りを服ごと強く握りしめていた。襟からチェーンが覗いている。
 反論はできなかった。それは真実だからだ。反論することはできない。目がない者に"見る"ことはできない。足が無い者に"歩く"ことはできない。感じることはできても、這うことができても、有る者と無い者が同じ行為をすることはできない、絶対的な差。
「マギナ使いとの差を散々見せつけられて腐っとったら、エン様にぼこられてなー。いつの間にかしゅぎょーさせられて今の位置におんねんよ!摩訶不思議もええとこやろ?」
 真実はそんな軽いものではなかっただろう。それだけのものを彼は背負っているように見えた。守れなかったというその存在がなんなのか分からなくてもそれが全てだったのだ。
「俺とカナメやったら、カナメの方がだいぶ強い。・・・・アイツはほんま強い」
「サトル・・・・」
かなわんなぁ。吐息まじりの言葉はすぐに空気に混ざった。それがなんなのか。

そのときの悠には分からなかった。