章・過去が眠る楽都市で踊り狂え

08.戦の夜は長く暗く


 
『開・夢幻に導く夢見鳥』
 陣は弾け、催眠誘発物質の鱗粉が夜の濃密な空気に舞った。少年は身を低くしてその場から走る。
 鱗粉はその跡に輝く光の道を作った。
 立ち止まった少年が止めていた呼吸を始めるのと、後ろで人々が倒れる音がしたのはほぼ同時だった。
「これで終わりだな」
 ジンはゴーグルをあげ、眠っていない者がいないか確かめた。
 マギナの光が見えようとも、マギナの少ない遊都の夜ではさすがにゴーグルが付いていると見えづらい。
 今回は裏方に徹した。倉庫に駆けつけたときは、雅人が破壊した壁を補強し、食料庫にいってはし、ほかの天照の手の者たちには必殺の攻撃を防護陣でそらした。それはジンの功績ではなくささやかなラッキーとして認識されているだろうがそれで十分だ。ビバ日陰人生。これを学園でもいかせれたらいいのに。
 そもそも『農場』本部に行くのは仕事に入っていない。今回の本当の任務は逃げてきたものを捕らえることだ。
 本来、ジンの仕事は一人ですることが多い。年齢の問題もあったうえに、兄の遺言を果たす途中で正体がばれたとき、天照に損害を与えないための予防策である。
 なのに、どうしてそんなことをしたのかというと。
「あー暴れてすっきりした!」
 ジンはすがすがしい笑顔で汗をぬぐった。
『こんなんでストレス発散するやなんて、なんて恐ろしい子!!』
 バッカうるせぇ、ちょっとぐらい羽目はずさせろ。
「人生には潤いが大切だ」
『潤いの元が赤いのが問題やん。この吸血鬼がぁー』
「血液感染したくないからそれは勘弁」
 いきなりリアルな障害を!
 ジンはジョーカーを軽く無視した。
「これで報酬もあがったらもうちょっと嬉しいんだけどな」
『取らぬ狸の盆踊りや』
 意味わかんねぇよ。
 ジンはカナメにこの場所をメールで送った。天照に護送する途中で拾ってもらえるだろう。
「さて、と。あとは、アイツらの裏をとるだけだな」
 子供には不釣り合いな暗い笑みだ。第二の故郷、遊都を脅かす者は敵だ。
 少女が率いる弱小チームが最新式の銃器や装甲服を装備できるわけがない。裏が――支援者がいないと考えるほうが難しい。
 泥に沈んだ寄生虫をつり上げるのは長期戦となり、さすがに夏休みが残り二週間ほどしかないジンには全てを解決することはできない。
 それでも、できるところまではしたらいい。そういう情報を天照に提供するのも財源の一つだ。盾は少人数なので長期の探査には向かないのだ。
 胸ポケットで振動が起こった。
 携帯を開くと、仕事完了、解散の文字。
 普通の社員なら、ここで天照に戻って報告等手続きが必要だが、ジンにとは必要ない。ひとまず胸をなで下ろした。口座に金が落ちるのが楽しみだ。自然と顔が緩んだ。
『ジン、明日の予定はあいとる?』
「デートがある」
 即答した。
『恒例のやな。サインもろっといてー』
へーい。
『じゃぁ、ちょっと忙しいか』
「まぁな。何かあるのか?」
 沈黙。
『いやー明後日のことやねんけど』
「ジョーカー」
 少年の声が一際低くなった。
「絶対にその日の予定は譲らない」
 えーっと悲鳴が聞こえた。
「当たり前だろ!」
 だってーっと淳子の音声で聞こえる。うぜぇ。
『だって、双子ちゃんがくんねんもーん』
っっっっておい!
 大げさにジンはツッコミの手が動いた。びしぃっと美しく直角。一人でやると我に返ったときとても辛い空気が心に流れるが、今は気にしない。
「まて!ジョーカー!来る一週間前には知らせておくというのが礼儀じゃないのか!」
『えー。せやかてさっききてんもん。お返事が』
 思ってたより遅かったな。
「明後日って………」
 ジンは顔を片手で覆った。あ、頭痛い。そういえば先輩達って来るんだった。すっかり忘れていた。その火種があったか。ちょっとまてよ。燐達を誰かに預かって貰おう、ってあぁ。だから、その日なのか?恵さんに連絡を取らないと。
 ぶつぶつぶつと呟くその姿は奇しくも兄に似ていた。
 明後日。いや、ある意味劇的で、ある意味最悪。だからこそ、そんな日に設定するジョーカーの気持ちは分かる気もする。でも、さ。明後日って。
 ジンはせっかく追い払ったストレスが、利子付きで戻ってきた気がした。
「兄さんの命日じゃないか」
 俺、超忙しいな。




「やー。ウチそろそろ帰るわ〜。明日、友達と遊ぶ予定やし」
 とっとと帰れ馬鹿娘。
 エンの命令に従順に和泉は答えた。
「そうですか」
 折角盛り上がっていたのだが、明日は忙しい用事があると言われれば引き留めれない。
「でも大丈夫ですか、もう夜も深いですよ?」
 前科のある静流の引き留めにも和泉は頭を横に振った。
「ウチに手を出したら天照が出るしな。それにウチにもちゃんと最高の護衛隊がついとるんよ」
 ・・・・護衛じゃなくて、護衛隊なんですねーとは言えなかった。さすが、最強の天照令嬢だ。
 エンが和泉に黒い鞄を渡していた。薬、という単語が聞こえる。
 なんの病気なんだろうか。見た目はとても健康そうだけれどエンが無駄な薬を渡す訳がない。燐の視線に気がついた和泉が、どんな病気もはねとばす笑顔をした。気にするな、ということだろうか。
「今度、燐ちゃん達も暇あったら一緒に遊ばへん?」
 願ってもない話だ。遊都にいるのにまだ観光をしていない。静流と一緒に肯いた。
 ほな、じゃーねーと陽気な彼女は最後までテンションを落とさずに帰って行った。
「さて、っと。お前らもとっとと寝ろ。迷わず寝ろ。明日、俺様は忙しいんだ」
「なにか、ご予定が?」
 なかったら忙しくねぇよ。
 エンは大人げない一言を返した。疲れているのか、金髪の髪はどこかくたびれている。
「ちょっとした準備があってな。明日と明後日はお前達に構っている暇はない」
「え」
 少女二人は固まった。ワンモアプリーズ。だから、明日と明後日は好きにしろ。エンの言葉が浸透する。
「あ、あの地獄がなし!?」
「あらあらまぁまぁ」
 嬉しさで頭が真っ白になったのはルトベキアに合格した以来だ。
 きゃーきゃーと両手を繋いで飛び跳ねる少女達をエンは半眼で見据えた。
「……お前らな。修行つけてやらねーぞ」
 ごめんなさーい!!
 きゃぴきゃぴ答える二人にエンの顔が珍しく引きつった。女の子女の子しているものがとにかく苦手なのだ。トラウマでもあるのだろうか。
「黙れ、小娘ども。寝ないと課題を出すぞ!」
 おやすみなさーい!!
 語尾にハートマークを付けて、二人は階段を駆け上がった。