章 始まりは耐えてぶが世の習え

02.出会いは突然。喧嘩も突然。



 男子生徒はそのまま上に上がってどこかに行ってしまった。階段はここにしかないのに……エレベーターにでも乗るのだろうか?もっとも、彼ならいきなり窓から降りてもなんら不思議ではない。遠巻きにしていた冷たい同級生達がおそるおそる階段を上っていった。この薄情もん。
 嵐は去った。生き延びた、今更ながらに自分の命に感謝した。魁は展開の早さにぼうっと座り込んだ少女に手を差しのべた。
「大丈夫?」
「あ、あ、あの、なんとお礼を言ったらいいのか…」
 守ってあげたくなるような、か細い、高い声。今まで周りにいなかったタイプだ。安心してもらうために、にっこりと笑った。
「ううん。僕ならいいよ。あの先輩も意外にいい人だったし」
 そうですか?っと少女は微苦笑した。まぁ、絡まれていたのだから印象は最悪だろう。
「あ、あの、お名前を教えていただけますか?わたくし、相川・静流(あいかわ・しずる)と申します」
「え、あ、僕は水澤・魁よろしく」
 ふかぶかとお辞儀を仲良く交す二人の耳に大きな声が届いた。
「静流ーーーー!?大丈夫!?」
 ハラリとひらめくツインテール。
静流とはまた違った魅力、活発さを全面に出した、少女が駆け寄ってきた。生き生きとした瞳には紛れもない怒気が含まれている。熱ではねる言葉に魁達は圧倒された。きょろきょろと辺りを睨み付けている。なにかこう、彼女の一つ一つの行動に気圧される。これがオーラというものなのだろうか。
「あのロリコン男は何処!?千里先生つれてきたわ!絶対成敗よ!私の静流に手を出したことを後悔させてやるわ!」
  先輩を捕まえて、ロリコン男…勇気あるなぁ、この子。
 慌てふためる少女を魁はあの主席……新堂家の子だとすぐに分かった。やっと来たのだ。タイミングが遅いといえばそれまでだが、彼女の怒り彷彿としたところをみると、先輩と会わなくて良かったと肌で感じてしまう。いたらきっとつかみかかるだろう。彼女もこちらを見、怪訝に思われたのがすぐに分かった。口はへの字を描いており、どことなくすねているようにも見えた。
 そんな彼女の後ろから長身の千里が顔を覗かせた。
「不埒なロリコン男はいないようだが・・・君かね」
 千里は少年をじっと見た。
じっと見詰める黒い双眸からは何を考えているのか読めない。
「「ちっちがいます!」」
二人の声が合わさる。
「水澤君は私を助けてくれたんです!」
「僕はただ、彼女を助けようとしただけです…」
「ほう、そうか。すまんな」
  だから、本当にそう思ってないだろ。
そういいたくなるぐらいに表情に変化がない。
「ところで、そのロリコン男は誰かわかるか」
「名前は聞いてません。四年生ぐらいで、」
「短い真っ赤な髪が特徴的な、」
「すごく大きな方でした」
そう聞くと千里は頭をがしがしかいてうめいた。
「あぁ、あの馬鹿か。四年の北條・雅人だな」
「有名人なんですか?」
 ツインーテールの少女――新堂・燐が聞いた。
千里はうなづいた。
「北條・雅人と相良・悠、このコンビは英雄の再来と呼ばれている。まず、逆らえる生徒はいないな」
それに生徒会長、副会長だしな。
「「「げっ」」」
  お、恐ろしい、いや、すごい人だったんだ。
学園生徒内最大勢力と向き合っていたのだと思うと顔が引きつった。分かっていたら絶対に逃げただろう。確信できる。しない方がいい類のものだが。
 千里は魁の肩を叩いた。どことなく微笑が浮かんでいる。
「良く頑張った」
「でも、よく解けたわね」
「え?」
きょとんとした魁に燐は口を尖らせた。
「だって、拒絶系の結界はってあったでしょ」
そのせいで千里先生呼びにいくはめになったんだから。
……、しまった。
魁は眉をひそめた。
黒眼鏡で他人は見えない。
一転笑顔に変える。
「え?僕がぶつけ……ぶつかっ……触ったときには無かったよ」
「それはないな」
上から声がした。魁にとっての悪の張本人の少年が立っていた。
じっとこちらを見ている。
  い、いらんことを・・・!
「君は?」
「剣崎・寿人(けんざき・ひさと)です」
  あ、この野郎、ちゃんと名乗りやがった・・・・・・・!
 知っている名前なのか、魁を除く三人の目には微かな驚きの色があった。寿人は疑惑の目を魁に向けたまま、淡々と事実を述べる。
「こいつがぶつかるまで、結界は存在していた」
「ぶつかるって・・・・・・・あなた、結界のこと知らなかったの?」
「知っていたけど・・・・」
 目の前の男にぶつけられましたーっと言いたいのをぐっと堪えた。庇っているわけではなく、単に簡単に引きずられたことをばれたくなかった。
「注意がわたくしに向いたので、結界を維持する集中が切れたのでしょう」
 驚いたことに静流が微かに寿人を睨んでいた。おそらく、魁が転けたときに、寿人が放り投げたポーズをとっていたのを見ていたのだろう。あんなときなのに……観察眼は鋭いようだ。それを感じ取ったのか寿人も静流を睨んだ。緊迫する二人は龍と虎に魁の脳内で置換された。
「……静流?」
「わたくしを助けてくださったのは水澤君ですわ。千里先生」
寿人に向けて言外に、あなたなんてお呼びじゃないですわっといっているのも同然の声の冷たさだった。
 寿人の眉間に皺が寄る。が、何も言ってはこなかった。千里はそんな危険な攻防になんの興味も示さなかった。
「よくわからんが、まぁいい。結果は変わらんからな」
 先生、おおざっぱすぎですよ。それが救いとなっているが、思わずにはいられない。
千里はそのまま、魁の首にかけてあった認証カードを照らし合わせてから魁に返した。
「まあ、それはともかくだ。水澤・魁」
「は、はい!」
千里は優しく笑って、腕につけた通信機に告げた。
「一年、水澤・魁、+20!」