章 始まりは耐えてぶが世の習え

03.不敵に笑う不幸少年


 階は同じでも、女子と男子とはもちろん分厚い壁で分けられている。ただ共有として遊技場がある程度だ。ただ一つ、二つのフロアを繋げている扉は申告制で随時通過した者の名前と入った時間と出た時間が記録されている。もっとも今はごたごたしているのでその機能が発揮されるのは明日以降となるらしい。
 魁の部屋の番号は【534】だ。
 ‘ごみよ’かよ。
 律儀にツッコミしながらも魁は鍵を取りだし、自分の個室に入った。
 その中はそれなりのホテルのように綺麗だった。ベット、机、風呂場…等々、台所さえあればここを家だと言っても良い。だが、その部屋は彼にとって特別な、いうなればさきほどから魁を浮き立たせているものだった。
「やっと、ワンステージクリア、か」
 誰にも聞こえていない呟き。それは自分自身に向けられた言葉。その声は先ほどまでの自分に自信のない情けない少年の声ではなかった。
 もっと知的で全てを皮肉った声。まちがいなく燐や静流がこの声を聞いたとしても、魁だとは分からないだろう。
 魁はうって変わって猫背を正し、支給された無個性の机やベットの間部屋の中心にスッと立ち、手をかざした。
 集まるマギナ、手を中心に回転、収縮。虹色から白色に光が集まってゆく。
『開・目覚めよ沈黙の追憶』
 力ある言葉と同調して、マギナが陣を描く。黒眼鏡の奥に隠された目が鋭く光る。ばさばさと髪が黒衣のようにはためいた。
 魁は床にかざした手を真上にあげ、唱えると等しく、鋭く降ろす!
『開・来たれ伝鈴』
 鋭い命令を受け、青白い光が奔流する。光が少年を包み、通り抜け、踊る。幻想的な光の舞のなか、確かに少年の顔が照らし出された。
 鋭い、覚悟あるものだけが持つ眼光。
 マギナが床からゆっくりと集まりある形をとる。それは鈴の形をした耳飾りのようだった。それがはっきりとした輪郭に固まるにつれて光が収まり、マギナが正常に大気へと拡散されていった。
 先ほどと変わっているものは、少年の手のひらに現れた耳飾りだけだった。魁は手慣れた様子で右耳につけ、マギナを緩く展開する。
「…・・・きこえるか?聞こえたら迷わず死ね、馬鹿狐」
沈黙。
「…・・・ジンだ。入学成功。目的の部屋も自室になった。伝鈴入手。以上」
沈黙。
「……ジョーカー。俺を変態にする気か」
ドスの聞いた声で言うとなにやらガサガサ物音がした。
「ジョーカー?」
『あー聞こえとるで。なんやジン、もう伝鈴復活させたんかい』
せっかちやなぁ
 関西弁の独特のイントネーションが聞こえてきた。
「あぁ、本当にこの部屋で正しかったか確かめたかったからな」
 ケタケタと笑う声が脳に響いた。
『まさかぁ。間違えるわけあらへんやろ。ジョーカー様を信じぃや』
お前だから信用できないんだよ。
はっきりと言ったが、声の主、ジョーカーはどこ吹く風だ。さらになにやらおもしろがっているようだ。
『そういや見たでぇ』
「なにを? 」
男の裏声が脳にダイレクトに伝わった。
『本当に、助けてくれてありがとうv 魁、愛し』
「だまれ、脳みそ紫パラダイス男ー! 」
『まぁ、実際くさっとるかもしれんけど…』
くさっとるんかい。
思わずジョーカーと同じなまりが出た。まさかついさっきの出来事が知られているなんてありえない。気恥ずかしいというか、その部分だけジョーカーの脳みそを切り取りたい。その気持ちを隠すために声はぶっきらぼうになった。
「だいたい何でお前がこの中の事知ってるんだ」
『だってわいも同じ桜花で暮らしとってんから、秘密のアクセスポイントが山ほどしっとるわーわははー』
な、なるほど。
『ワイの部屋とか他の奴らの部屋教えたろか?』
「別に良いよ・・・・・・・そもそも女子部屋にいけないしな」
『よ・ば・いv』
誰がするか!!
 同年代の女の子と接する機会があまりなかったせいで免疫が少ない。魁は熱くなった顔を冷ますために顔を振った。
「もういいか。俺は肉が食いたいんだ」
『いや〜。に、しても雅人らにはきぃつけよ。あいつらは要注意人物やからな』
魁は渋面になった。脳は腐っていても腕が腐ってないのがジョーカーだ。
「俺の邪魔になるか?」
間違いあらへん、と返ってきた。
 冗談じゃない。英雄の再来とか呼ばれる様な奴等である。いや、だからこそ気をつけなくてはいけないのか。とにもかくにも目を付けられないようにしよう。…すでに遅い気もするが。あの最後の視線を思い出し、げんなりとした。男に興味を持ってもらっても嬉しくとも何ともない。
『ジャ〜、ま。とりあえず』
目の前に花火の幻影が現れた。
『入学おめっとさん!』
ヤレヤレである。
 肩をすくめたが、魁はここまでの道のりを思い起こし、素直に礼を言った。
 ジョーカーとの簡単な通信、連絡を終え、伝鈴の接続を切る。魁は肩をならすと改めて自分のものとなった部屋を見回した。
 まだ、なんの特徴もない。白い部屋。
だが、ここは確かに彼にとって特別な場所になるだろう。長居することになるかならないかは別として。
 魁は大きく深呼吸をした。
 さぁ、気合いは十分。
 目を閉じて、元々この部屋に住んでいた人物に思いを馳せる。そして目をゆっくりと開いた。自然と洩れる決意の言葉。

「…必ず、叶えるから」

 誰ともなく語りかけられた言葉は静かに空虚な部屋に波紋を広げた。


運命の歯車が、ゆっくりとその回転を速めた。