章・語らぬは己がの強さか弱さか

03.嵐の到来


 


「おい、水澤!これ、かわりに持っていけ」
 寿人のぞんざいな命令が今日も魁にくだされる。
 魁と燐が喧嘩してから一週間が過ぎていた。
 二人の間の不仲を敏感に感じとったクラスの人間は触らぬ神(もちろん燐)に祟りなしを決めこんでいた。
 一方、寿人等は止める人間がいないことを良い事に魁をパシリ扱いしていた。魁もそれを拒まないからよけいに助長している。
「うん。わかったー」
 ……単に気にしていないだけだが。魁にとってちょっと何かを持って行くとか、買ってくるとか程度なら苦にならない。
 魁にとっては、これぞ地味★目立たない学園生活!と少し嬉しい反面、燐になかなか近づけない苛しい思いもあった。
 ……っていっても、何が言えるってわけでもないんだよなぁ。結局、そのまま目を合わさないようにして時間ばかりが過ぎていく。
 このまま自然消滅かな。
 こういう喧嘩は初めてで、どう向き合えばいいか分からない。魁は寿人達の荷物を持った。
 あのぼさぼさの髪は、今では無造作に一つくくりになっていた。
 寿人が見下したように笑い、ワザと聞こえるように大きな声で言った。
「ホントに助かるな、落ちこぼれ。ポイントをあげたいくらいだ」

 いつか斬る。
 物騒なことを心に誓った燐は寿人の声を聞きつつも敢えて聞こえていないように努めた。
 魁は燐に対してまるっきり無視の姿勢にあった。
 こうなったら意地の張り合いである。
 重いだろう、日直が持って行くべきプリントの山と寿人達の荷物を魁はなんとか教室から運び出していた。
 後ろ姿の魁はビンビンにはねていた髪を一つにまとめてゴムでくくっていた。
 そう、別にこの学校に男子は長髪はダメ、とかいう校則はなかった。
 ‘見苦しくない髪型であれ’としか書いてなかった。
 あの真っ赤ないでたちの北條雅人(先輩)でわかるように髪を染めようと自由なのだ。
 髪をくくるという選択指をまったく思い付かなかった。
 魁が髪をくくってから先生達は何もいってこなくなった。
 思い付いていたら…こんないらいらした毎日ではなかっただろう。
 後悔先立たず。
 まさにそれだ。
 もうすぐベルがなる。
「次の授業って選択?」
「はい。では行ってきます」
 行ってらっしゃい。
 次の選択授業はマギナで陣錬成なのだが、燐はソルジャータイプ。静流はヒーラータイプだった。
 ついでに魁はソルジャークラス志望だったのだが、実技試験のときに重要なところで先生が不思議がるほどのこけっぷりを披露し失格となった。
 そして定員が余っていた情報収集処理でおもだって活躍の場とする、リサーチャーのクラスとなったのだった。
 はっきり言って一番人気がないクラスである。だが燐はそれでいいと思っていた。
 魁が戦っているところなんて想像できない…。ガーディアン養成クラスにおいてこれ以上とない失礼な一言。
 選択クラスとなれば魁は寿人等のイジメからも解放されるだろう。
 寿人はウィザードクラスだ。リサーチャークラスとは別棟だった。
 少し、安心する。
 今まではからまれた魁を逐一燐が守っていた。今までは、だが。
 さっきの寿人の勝ち誇った様子が思い出す。
 ……やっぱ、一度しめとこうか?
 燐が暗々たる気持ちで寿人撲滅計画を立てていると、
「新堂さん!授業に集中しなさい!」
 先生に怒鳴られ、燐は適当に編んでいた陣が崩れ、減点された。



 《陣錬成》
 ≪大気中のマギナを圧縮、同時に頭にえがいた陣を投影させ、形作る。
 そして引金となる振動を与えることによって陣が崩れ、その連鎖反応によるエネルギーの放出が俗に言う‘魔法’である。
 またその時に用いられる振動は声が一番良いとされている。つまり‘呪文’とは‘力ある言葉’なのである。》
 欠伸をしながら魁は流れてくる講義を聞いていた。
 《そして逆に声の波長があっていればどんな言葉でも引金となりうる。そのため、呪文の始めに『開』をキーワードとし、マギナの暴発を防ぐこととなった。このキーワードの適用のために一気にマギナ陣錬成器具の発達を促すこととなった。》
 また、欠伸が一つ。
 魁はパソコンから流れる講義を止めた。
「そして、マギナの乱用が始まった」
 誰にでも使えるわけではない。
 しかし使える人間が皆、志ある優等生ではない。古来からある力ある者が勝つ時代となった。
「誰もが望んだ」
 初代ガーディアン隊長となった、英雄を。
 魁は鼻をならす。
 なんでもかんでも人一人に押し付けてんじゃねーよ。

 ガーディアンの、ひいては英雄の圧倒的な力にマギナ使い達は次々に倒れていった。
 又技術面でも発達をみせ、マギナを集め、陣を作り出す‘杖’は本人でないと使えないよう、一人一人違う声紋をキーとして登録しないと使えなくした。その登録はすぐさまこのルトベキア学園メインコンピューター、国家を支える巨大集積回路『レギナ』に通達される。
 マギナ使いとして国家に認められていない所持者の場合はすぐさま通達がガーディアンにだされ逮捕された。
 このレギナが発明されたことが平和への道を照らし出した。…淡く。

 それでもなお杖を、またマギナのシステムを組み込まれた武器を改造し、不法に使う者が後を断たない。
 今のガーディアンの仕事はそのようなモグリマギナ使いを捕まえることがおもな仕事になっていた。

 何度も何度も聞いたフレーズをレポートに書き表す。魁は三回目の欠伸をした。

 リサーチャークラスの前半はほとんどこのようなマギナの歴史から入り、後半の時間は【フロンティア】の利用である。
 昔はインターネットと呼ばれていたがマギナによるスフィアの膨大な情報の許容量からクモの巣の広がり、ネットというよりは、新天地、フロンティアと言われた。

 魁は支給されたモバイルの電源を切ると電子ペーパーは光を失った。
 フロンティアは素人でも、前世代のインターネットとして利用ができる。
 だからこそ、フロンティアを授業に利用するリサーチャークラスは人気がないのだ。
 魁は頭にヘルメット状の機械を被った。
 今からが本当の授業といっても良い。
 機械に光がともった。

 ぶーーん…

 冷却ファンがまわりはじめる音が耳に届く。

 突然目の前に起動画面が浮かび上がる。
 暗証番号を入力。新たに浮かびあがる文字。
《フロンティアにようこそ!》
 がくんっという衝撃の後、魁の意識は新天地に飛んだ。