始まりは耐えてぶが世の習え

04.見て学ぶ。それが見学ですよね?


 風が轟々と吹いていた。春だというのにこの荒々しい大気の乱れはなにを見据えてのことなのだろうか。今の騒ぎを知っていたが、千里にできることはなにもない。教師、ましてや理事でもないただの管理人には関与できない領域だった。レギナを見たことは腐るほどあったがそのしくみは壊滅訳がわからない。それに、今の学園は英雄の残り滓を良く思っていないように思えた。できることといえば信じて待つことだけだった。信じるなんて、一番難しいことだというのに。
 千里は乱れる髪を押さえながら押し流されていく雲を見届けていた。あの雲と一緒に飛んでいた過去を思い出し、胸がざわついた。両足の太ももにあった治ったはずの傷がずきずきと痛んだ。
「千里、どうした」
 同僚の――いや、元相棒の声に、千里は振り返った。いつもながら気配のない男だ。これから緊急会議に行くところなのだろう。
「風が強い。止めてこい」
「無理だ」
 雲を裂くことができる男はすぐさま答えた。この正直者め。耳になじんだ低い声。いつもとかわらない調子に苦いものがこみ上げてきた。
「お前の返答はつまらんな」
「俺に笑いを求めるな」
 それもそうだ。ようやく口端をあげた千里は元相棒のとなりに立った。
「初仕事だな」
「あぁ」
「千里に子守ができるとは思えないんだが」
「黙って見てるがいい。無頼漢」
 口べたなお前よりましだ。
 初めての管理人。今までの"戦う"仕事から正反対の"守る"仕事になる。戦い前に進むことしかしらなかった自分が守り止まることを選んだ。
 自分で選んだことだ。この深く傷ついた足では走ることができない。そして、ここにて大切な物を守りたい。そして――こみ上げた期待にふたをした。希望的観測の希望だった。
「守ってみせるさ。この、私達がいた"桜花"に笑顔があふれるように」
 髪から手を離す。ざぁっと広がる髪が千里の表情を隠した。
「離れることのない絆を作れるように」
 千里の決意に元相棒は口元を引き締めた。二人の共通の傷はまだ癒えていない。
 風がいっそう強く吹き、千里の最後の呟きを高い空へ連れ去っていった。

 ……かつてのわたしたちと同じ道を歩ませないように。



 あわただしいのは風だけではなかった。生徒会長である相良・悠は声を張り上げていた。
「まだ、停止できないのか! 」
「まだです。というか建物内全てが制御不能だと中央が。全く中の様子がわからないようです」
「馬鹿なっ」
 レギナのある中央棟の異変は学園の情報部を恐慌にたたき落とした。
レギナに異常が発生したとき、棟は自動的に完全封鎖され、何人もはいれない。でられない。機密保持の機構が裏目に出た形になった。
「生徒の避難は?」
「"聖域"内に……佐竹さんと双子達もいます!」
 ちっと舌打ちしたのは後ろにいた副会長の北條・雅人だった。したい気持ちはよく分かった。
「双子の一人でも外にいてくれれば……!」
 桁外れの情報収集処理能力をもつ彼女達のどちらかがいたらもう少し楽だったかもしれない。しかし、ここにはいない。通信の届かない中にいる。この異常がわかったのは説明に遅れた生徒会役員が中央棟に入ろうとしたができなかった直後、外からの監視システムの警報がなったためだった。
「発動まであと十分です」
「発動するまでに、死ぬな」
 マギナ電気変換の際に必要な高温高圧は人間が生きていられる条件下ではない。変換の大広間、"聖域"から出れば大丈夫なのだが。
 完全封鎖された建物内は警備ロボットが警戒レベルAで待ち受けている。生徒であろうと容赦なく攻撃してくるだろう。
「強行突破するしかないな」
 それでも間に合うかどうかは五分五分だ。そしてそれは自殺行為に似た行動だ。
「俺は行くぜ。戦わせろ。俺はそれで十分だ」
 好戦的な雅人は臆することなく一歩進み出た。悠は頷き、力ある生徒に呼びかけ、先鋭部隊を作った。
「まて。私も行く」
 その声にざっと人が引いた。現れたのは剣神――速水健一、その人だった。教諭のなかで一番戦闘能力の高い。他の教諭は基本的に研究者であり、実践向けではない。だからこそ、学園の、特にマギナ関連の騒動の処理は生徒会にまかされているのだ。
「近道も知っている。案内しよう」
「あ、ありがとうございます!」
 願ってもない助っ人に俄然強気になる。
「折角ルトベキアに入ってきて、すぐにいなくなるんじゃもったいない。僕らの手で、どんなにルトベキアが素晴らしいか教えてあげないといけないのに」
 悠は自信のある顔を皆に見せ、頷いた。
「行こう」
 おうっと鬨の声があがり、雅人が調子を合わせて早速マギナ壁にどでかい穴を開けた。警報が鳴り響くなかを役員が入っていく。悠も続こうとしたときに、呼び止められた。
「おい、悠。ちょっとまて」
「なんだ、豊」
 息を切らして豊が何かカードを人目を気にするように無理矢理悠の手の中に押し込んだ。
「これ、秘密のカード。建物内のレベル4以下のゲートなら開けられるはずだ」
 悠は眉をひそめた。
「なんでこんなものが?」
「警備システムを調べて作ってみた」
 作るな、と普段なら処分物だが、今は魔法のカードだ。
「恩に着る」
「いいから、ちゃっちゃと解決してこいよ」
 悠は頷き、雅人が開けた大穴から建物にはいっていった。