章・語らぬは己がの強さか弱さか

02.揺らめく過去の陰影


 


速水達が行ったところはファミリーレストランだった。すでに八時となっていて家族連れは少なく、ちらほら同僚同士で食事を楽しんでいる。

千里は宣言通り一番高いものを選び、魁は…千里によって二番目に高いものを選ばされた。違うメニューも食べたいからだという。

「水澤、速水にいじめられたか?」
唐突に千里は切り出した。
分厚いステーキを切る手は止めない。
魁は苦笑した。
どう言えば言いか分からない。
「えっと…」
「いじめたわけじゃない。髪について叱っただけだ。」
口どもる魁のかわりに速水が狼狽えた声で反論した。
千里はその速水の言に微苦笑した。
「どうせ、生徒全員の前で怒鳴りあげたんだろ。」
速水は居心地悪そうに、真柚を顰める。
千里は隣に座っている魁を軽く頭を撫でた。
「カワイソウなこと。お前は見かけ怖いんだ。手加減しろ。」
デリカシー0男め。
速水は片眉をあげた。
心なしか口がとがっている。
「お前に言われたくないぞ、千里。」
最初の日に壁を破壊して生徒を黙らせたのは何処の何奴だ。
二人の親しげな様子に、魁は首を傾げた。
「あの、先生達は、知り合いなんですか?」
今度は速水達が首を傾げた。
「お前、知らないのか?」
千里はは細目を大きくして魁を見る。
物珍しそうに見る。
速水を少し驚いたようだ。
その視線に魁はますます赤くなる。

「知らないって何をですか?」
千里と速水は顔を見合わせた。よほど意外らしい。
「結構、有名と思ってたんだがな。」
「所詮、昔のことだ。」
速水は眉をひそめながら言いきった。
「今には関係ない。」
その言葉に魁はますます小さくなった。
千里はそんな魁を暖かく見、頬を指でつついた。
「水澤、黄金守護隊は知ってるか?」
魁は息を飲んだ。
「当たり前じゃないですか、英雄がいた初代ガーディアンです。」
「そこに所属していたんだ、小隊長として。」
その言葉に魁は唖然とした。

と言うことは、英雄と近い存在だったということだ。



魁は必死に過去に兄が言ったことを思い起こしていた。

―黄金守護隊ではね。仲間達に小隊長として手伝って貰ったんだ。
 エンは最初だけだったけどJ.Jだろ、そしてイソラには技術面で支援して貰った。
 戦力としたら、やっぱりその名のとおり、黄金コンビだった、チサとケンだね。あの二人はすごく世話になったよ。

「……」
チサ、は千里先生だろう。
ケン、は

「…速水先生の下の名前なんですか?」
速水は急な質問を疑問に思いながら答えた。
「健一だ。」
魁は、あまりに英雄に近かった人たちがあまりに自分に近いところにいることに、一瞬頭が白くなった。

彼らが学園にいると、ジョーカーやエンが知らないはずがなかった。

黙っていたのだ。

魁は腹の中で、後で全てを吐かせると決めた。
しかし表面上は驚きと喜びを取り繕った。
「思い出しました!黄金コンビの、剣神と風霊の使ですね!」
「今更ながらそう呼ばれると恥ずかしいな。」
「まったくだ。」
千里は目を細め、速水は苦虫を噛み潰した。

「まだガーディアンにいると思っていました。」
これは本当のことだ。
「まぁ、色々あってな。」
軽くはぐらかすようにそう言い、一切れの肉を口に入れた。
「今はそんなに荒れてないし、私たちがいるとよけいな奴らが出てくる。」
「千里。」
速水が制止の声を上げる。目は戒め。
千里は肩をすくめた。
いちいちうるさい男だろ?
そういって魁に言った。
「嫌気がさして、コンビ解消だ。」
「それはこっちのセリフだ。」

速水は魁に視線を移した。
「こいつとはほどほどに付き合え」
いちいちかき乱してくるからな。

魁は対応に困って、頬が引きつった。



「それより、水澤。新堂達と仲直りしとけよ」
いきなりの千里の言葉に魁ののどが詰まった。
水を求める震えた手に速水がグラスを渡した。
「死ぬな。」
OKです。
げほっげほと咳をして、生理的に出た涙を拭った。
そんな魁を面白そうに眺めていた千里は話を続けた。

「夕食の時、かなり落ち込んでたよ。普段が明るいコだから、わかりやすいな。」
相川もおろおろしてたし。

魁は今日起こった喧嘩を思い返した。
視界の端に映る短くなった髪。
怒った、でも涙をたたえた燐の瞳。

「………うぅ。」
罪悪感。しかしどうやって謝ればいいというのか。
速水は不憫そうに魁に呟いた。
「喧嘩か…大変だな。」
はっやみせんせーーー!多分絶対先生が原因ですからーーーー!!!
その激しく喉に突き出てきた叫びを咳で紛らした。



食事が終わって速水は二人を桜花寮まで送り届けた。

「水澤、今回は特例だからな。」
千里は魁に言い聞かせた。
「次にこんなことがあったらまた速水の財布に大打撃だ」
……素敵じゃないか。
「千里先生、速水先生に聞こえてます。」
そして奢りは決定事項なんですね。
速水はこめかみを引きつらせた。
「今度からは遅れないようにする。」
遅れる時は、連絡する。
「聞かなかったふりして水澤の夕食を取り忘れるなよ」
舌打ちするな、行儀が悪い。
魁は苦笑いするしかなかった。
「水澤、部屋に戻りな。私はもう少しこの馬鹿に話がある」
「分かりました。今日はありがとうございました。速水先生、千里先生。」
さようなら。
魁は桜花に入っていった。