問いかけの先は全て無の空に

02.過去の幻影に魅せられる 


 寿人の言葉どうり、五時間目は、選択授業だった。
 しかし、リサーチャークラスの生徒達はいつものCPU室ではなく、多目的室に集まっていた。今日は特別授業なのだ。
「今日はリサーチャーとして実践をします」
 眼鏡をかけた、どこか気の弱そうな男教師は腰を低くして、話を進めた。
「私の助手として、二人に来て貰いました」
 そう紹介されて出て来たのは、かつて生死をかけた騒動をともにした二人だった。
「明でーす」
「玲でーす」
「「よろしくー」」
 見た目小学生双子――米倉姉妹だった。
「分からないことがあったら」
「一緒に悩もうねー」
 ダメじゃん。
 生徒一同、心のツッコミがハモった。

 リサーチャーが戦闘に参加するときの役割は、情報収集・分析のほかに、実際戦うときもある。
「それはーマギナでデータを実体化させるのー」
「リサーチャーの創始者、城野内 條太郎様がきちんと体系化させたんだよー」
 魁は横目で淳子を見た。
 やたらニヤニヤ笑っている。『淳子』には似合わない笑い方だ。
 明がホログラムを作動させ、一人の男の顔が現れる。
 その男は細目で狐の様に吊上がっていた。あまり、人相は良くない。小馬鹿にされているような気分になる。
「この人が、城野内 條太郎様ぁ」
 淳子が何を思ったのか、親指を立てた。得意満面の笑みに、魁はひきつったものを返した。
 …一体何が、グッジョブなのか分からない。
 分かりたくもないが。

 城野内 條太郎。
 かの有名な英雄の片腕であり、英雄に次ぐ天才児。最も、異端児と言った方がしっくりくる。八柱の最年長にして、トップだった。
 英雄がマギナの【魔法】として使うことを開発したといえば、城野内はマギナを情報伝達としてあつかった。フロンティアの概念を説き、開発にあたった。唯一、彼が魔法的にマギナをあつかったのは、データを実体化させる、という使い方だった。
 【杖】とはまた違った特殊な機械【核】にフロンティア上のデータを転送。
 そのデータの設定にエラーさえなければ、【核】を中心として大量のマギナを展開。高密度のマギナがそのデータにに基づいて動き出す。
 かの城野内は【核】の完成披露の際、小龍をださせ、見事に操ってみせた。
 それはまさに想像の域にあった【召喚術】を彷彿とさせるものだった。よって、このマギナ発動形式を召還と呼ぶのが主流である。
 欠点は、データの過不足の程度のあやふやさ、大量のマギナ消費などたたあったが、まさに魔法と讃えられた。

 生徒一人一人に【核】が配布される。大きさは大人の握り拳ほどの球体。マギナを吸収放出のためのごく微小の孔が表面のほとんどを覆っていた。けっこうな魁が、ものめずらしそうに眺めていると
『うわー!それ、かなりええやつやん!ワイにくれ!』
『誰が、やるか!』
 淳子を振り向くとにこやかに手を振る。
 この野郎。魁は辛うじて無表情を保った。
『なにやってるんだよ。こっちは授業に集中したいんだけど?』
 ただでさえ苦手な分野だというのに。
 そんな魁の心情を無視して、Jは声を弾ませた。
『やあ、あんなちびじゃりどもより、ワイの方がええセンセやで?』
『結構です』
『よし、わかった。おしえて・・・』
『いらないっていう意味だ!お前は新聞勧誘かよ!』
 一度、昔に教えてもらったとき、ジョーカー独特の感性による表現方法によってさっぱり分からなかった。もう、こりごりだ。
『えー。そんなこと、いわんとー。ええかー、まず核を持って普通ん時みたいに、陣を核にズビバーンっといれるイメージを投影させてやな。ガビン、ザッパン的にバビュッとあらかじめ登録しとった【呪文】をセイ、ハッと言ったら、パララララーンっと召喚完了や。簡単やろ?』
 さっぱり分かりません、センセ。
 笑顔で伝鈴を切ったが、すぐに繋がった。この野郎。何度目かの台詞を繰り返した。
 そうこうするうちに、前の二人が説明し始めた。
『…て、あの先生は何をしているんだ』
『そりゃ、名前だけの先生やろ、マギナはまだ歴史が浅いからな。教師だって、発展途上やわ。今、生徒の方が優秀やろ。想像力いるしな』
 そういうものなのか。
 大人と子供の立場が逆になった世界だ。

「えっとね。まず核を持って普通の時みたいに、陣を核にズビバーンっといれるイメージを投影させるの。ガビン、ザッパン的にバビュッとあらかじめ登録していた【呪文】をセイ、ハッと言ったら、パララララーンっと召喚完了なのー」
「簡単、簡単だにゃ!」
 思わず魁は手で額を思いっきり叩いた。
 ……は、激しく頭痛が…
 こめかみを押さえる魁とは対照的にジョーカーははしゃいだ。
『て、天才や!!あいつら、ワイの後継者や!!!』
 その声を背景に、魁は頭痛がする頭をごりごりと拳で押さえた。
 あぁ…これは独学せにゃならん羽目になりそうだ……
 油断すると、涙がでそうだった。


 頭痛もようやくおさまり、とうとう実践してみることにしてみた。核を持ち、腕にはめているモバイルからデータを選別、入力する。魁は有機体ではなく、無機物、簡素なAIを選択した。
 目を薄く開け、集中に入る。

 急激に集められるマギナによって風が魁を取り巻いた。

 核が白く発光し、魁の手を離れ浮く。

 大量のマギナが拡散しようと荒れ狂う。

 っ
 これは、難しいな。

 安定を維持するのにすごく集中力がいる。本当に難しい。
 一度操作を誤ってマギナが操り手の支配から逃れれば、操り手に跳ね返ってくる衝撃が凄まじいものとなるだろう。初めてというのを考慮して、弱めにしているが、それでも下手すれば悶絶ものだろう。

 魁は目を見開き、マギナの輝きを見張る。
 額に汗が浮かぶ。

 次第にマギナが安定して、核を取り巻き、回転する。

 そして呪文を唱えた。

『開・我が意思となりて踊れ、人形』

 マギナがひときわ輝き、データ通りの形をなしてゆく。

『お、できたか?』

 魁の目の前に、核より一回り大きい、球体が浮かびあがった。いきなりその球体に、棒線でできた、簡素な顔が浮かびあがる。
 魁は緊張で声がうわずった。
「……こ、こんにちは」
 初めての、召喚。
 うまくいっているだろうか?
 創造主の言葉に球体は、
【はっろー!魁君!げ・ん・きー?】
 魁のよく知っている少女の声で元気よく答えた。
【はっじめまして!魁君!今日もプリチーね〜】
 魁は苦笑した。
「……成功しすぎたかも」
『これ、あれか。イソラの性格パターンのデータか』
 笑いを堪えた声。
「うん。モバイルにあったから」
 イソラが勝手にいれたんだと思う。
 耳に派手に笑う声が響いた。実際、淳子は満面の笑みだ。
『あいつやったら、するわー』
「ん。……ソラ。今日は何日?」
【今日は、7月18日、土曜日だわさ〜】
「じゃあ、今、僕は何をしている?」
【ソラと、愛の語らいを】
「してないでしょ」
 即座に否定すると、球体、ソラからブザーがなった。文句をいってるらしい。しかし、魁がもう一度同じ質問をすると、
【魁君が、あたしを呼んだの】
「そうだね」
偉い偉い。
 ソラが魁の周りをくるくると回った。
【わーい。魁君に誉められちゃったよ。これで結婚後も安泰ねー】
「ソラー、そこまでオリジナルに似てなくていいからー」
『あはははははははは!』
 笑いすぎだこのやろう。
 しかし、淳子はまったく表情は変わっていなかった。どうやら操作を切っているらしい。
 魁のほうに先輩たちが近づいた。
「およよ。カイリン、できたのー?」
「すごいー!」
 呼ばれたことのないあだ名に戸惑う。っていうかなんで自分の下の名前を知ってるのか。
「……先輩」
 明は目を丸くして、ソラを観察した。
「ふみゅふみゅ。姿を簡単な構造にして、中身を重視したんだね」
「はい」
「さっすがぁ。初めて人はどうしても見掛けを大切にしちゃうから、データが変にこんがららっちゃうんだよね」
 その二人の後ろでは訳の分からない怪物…龍やグリフォン、はたまた合体ロボのようなものまで…であふれかえっていた。
 しかしだいたいのものがマギナの不安定さで煙を出すわ、創造主の頭を被っていたり、すぐに消えるモノだった。
「カイリンは基本を大切にしてるから、成功したんだねー」
 大切なのは、いかにデータを実現させるかであり、その外見はただのハリボテだ。
「さっすが、ユウユウやまっさんが認めたオトコだにゃ」
 ぶっ
 思わぬあだ名に動揺する。
「せ、先輩、悠先輩達と知り合いなんですか?」
 一ヶ月近く追い回されたので、正直、苦手である。
「うん。おんなじチームなの。前の事件にもいたにょ」
「カイリンすごかったからねー。リンリンかばって倒れちゃってたけどー」
「あの時、いたんですか」
「「うん」」
なんてこった。思っていたより、この人たちと縁があるようだ。

【魁君は素敵無敵、華麗に最強!】
「だねー」
「あははー」

……。
魁は二人に聞こえないくらい小さな声で呟いた。
「……この二人って、二十歳なんだよなー」
『・・・マジ?』


 そんなこんなで終わった五時間目だった。結局、三名ほどしか成功させることができなかった。魁は宿題として、ソラの外殻をもう少し凝るようにと三次元構成のデータを作ってくるよういわれた。
 絵心がないので、燐か静流に手伝ってもらえるよう頼もう。


 六時間目は速水の授業だ。
 魁は体操服に着替えて、淳子と合流した。
 淳子は傍目から見てもそわそわしていた。手をしきりに揉んでいる。ここまで操作者の心情が外に現れるDollは珍しい。つまり高性能。つまり高価。
「うふふー。うふふー」
「男がそんなキモい声だすな」
「なぁに言ってるですか。淳子はれっきとした淑女ですわ」
「うわ。身も心も女ですか、…このカマ野郎」
「はい、没!カマ野郎では男属性が一対二で勝っちゃうのでかわゆい淳子を表現するにはエラーですわ。日本語未習得幼児、魁様」
「ハハハ、じゃあ今喋っているのが日本語と理解できていない、世界初☆散在神経人間の淳子さん、マニアにもてもてだね。ただし、解剖されまくり」
「あらやだ。魁様、女の軽い冗談を真にうけて、本気になるなんて、肝ッ玉がみみちいですわよ。驚愕の新事実☆肝ッ玉と身長は比例関係!をご存じ?」
 一見みたら、朗らかに会話する姉弟に見えるという異常な光景がそこにあった。角を曲がるとき、たまたま燐達の後ろ姿が見えた。