問いかけの先は全て無の空に

03. 始まりの始まりが始まる



 今日はつくづく燐がおかしい。
 昼もなんだか上の空だったし、さっきもなんだか本調子じゃないようにみえた。

「……親が来てくれなかったせいか?」
 それしか今のところ考えつかない。
 燐のところは世話役しか来なかったはずだ。燐は確か、愛剣フェンリルとか、マギナ使用できる武器や道具を作るので有名な大企業の娘だった。あまり、親にかまってもらえなかったのかもしれない。

 魁自身、家族がいない。しかし生前はたっぷり可愛がってもらった。
 暖かい、思い出がある。
 その分、つらいが、その分、支えられている。
 ……。うん。
 とりあえず自分ができることは燐の話を聞いてやることだけだ。家族の問題は家族でしか解決できない。自分は燐を見守るしかない。

むぅ。

こればかりはしかながない。魁は思考を切り替えた。


 ついでながら、実際の燐の家族はとても仲が良く、五人兄妹の真ん中である燐――兄が二人と姉一人は前妻の子であるのだが、彼らは今の母親、つまり燐の母親にとてもなついており、とても家族としては仲が良く、魁が思っているような冷たい金持家族ではない。今回、世話役がついたのは家族全員の都合がつかなかったせいだった。唯一暇な燐の弟は、まだ五歳で一人、授業参観にこれるような年齢ではない。


 魁には考えるべきことは他にもある。
 目下の問題はレギナのパスワードの入手だ。見たかぎりジョーカーがいないときがあったから、いろいろ仕掛けをしていたのだろう。こっそりすることだけは殺人的に上手い奴だから、まぁ、信じて良いだろう。
 とにかくどういう案配になったのかを教えて貰うために帰路をいそいでいる魁に、後ろから声をかけられた。
「ちょっと君、少しいいかな?」
「え」
 後ろを振り替えると、そこには初老の男性がいた。

 ――ゾク

 背筋が凍る。
 顔は友好的に笑っているのに、目は魁を品定するように冷たく光っている。思わず警戒しそうになる体をいさめて、魁は無理矢理笑顔を作った。
「なんですか?えっと…剣崎君のお父さん、ですよね」
 剣崎氏はにこやかに―表面上は―答えた。
「いや、君に聞きたいことがあってね」
 魁は全神経を頭の回転に使う。
「なんですか」
「たいしたことではないんだか…君はリトルエースとあったんだってね」
 粘着質の声に嫌悪感が募ったが、敢えて押さえ込む。
 頭の中で警報が鳴り響く。
 こいつ、何を…?
 しかし、魁はできるだけにこやかに答えた。
 引きつってませんように。
「はい。でも、ガルムに気絶させられていたので、はっきりと見た訳ではありません」
 やんわりと、自分はリトルエースの情報は持っていないことを述べる。
「それは…フロンティアで検索したらわかると思いますが…何か」
 さっさとうせろ、蛇男。
「そうかい、残念だな」
「どうして、リトルエースについて聞くんですか」
 大人には関係ない、と思いたい。もしも、自分がリトルエース―英雄を継ぐ者―だとばれれば、学園に捕まり、兄と同じ目にあわされる。
 剣崎氏は歪な笑みをうかべた。
「いや、リトルエースならかの英雄の居場所を知っているかと思ってね。私は彼のファンだから是非とも、お目にかかりたいと思ったのだよ」
 嘘か、本当かわからないが、しかし油断はできない。どちらかとうとむしろ、ひっつかまえて無理矢理白状させるってこったな。魁は体を無意識に硬直させていた。
「…そうですか。じゃあ、僕はお役に立てませんね」
「そうかな?」
人をくったようなセリフ。

落ち着け。ばれやしないさ。俺は英雄の弟なんだ。しっかりしろ。

「それはどういうことですか」
剣崎氏はにやりと笑った。
「それは―」
「父上、何をしていらっしゃるんですか」
 父親の後ろに立ったのは息子の寿人だった。
 冷ややかに魁を見下ろしている。

 ナイスだ、寿ちゃん!

 寿人は父親に近付いた。
「父上、もうお帰りになられないと、会議に間に合いません」
 あまつさえ、このような者と話すなどとは。
 かなりきつい一言だが魁には有り難かった。
 いつもなら、にやにや笑っている所だよな、こいつは。しかし寿人はいつものニヤニヤした顔ではなく、まったくの無表情だった。
 声も硬く、感情が篭っていない。そんな息子を見て、剣崎氏は鼻を鳴らした。
「そうだったか」
「はい」
 すると剣崎氏の雰囲気がガラリと変わった。突き刺さる様な空気が和らぎ、まさに参観に来た父親のように優しく笑った。
「では帰るとするか」
「お見送りします」
 父親だというのに寿人の態度はまるで主人に対するものだ。
 魁は注意深く彼等を見張った。
 剣崎氏は魁を見た。
「では、私はこれで。息子と仲良くしてやってください」
 魁はうなづいて返事とした。
 とてもじゃないがあまり話したくない。
 そんな魁を気にすることなく、剣崎氏は寮とは反対方向に歩きだし、寿人も後をついていった。二人の背中が小さくなっていくのを見送り、ようやく魁は体から力を抜いた。
 ――が、
「水澤君、君は英雄の復活を願うかね?」
「――――」
 振り返った寿人の父親が、余裕を感じさせる笑みを浮かべていた。つまった魁は、しっかりとその目を見て、はっきりと告げた。
「それは、英雄が決めることだと思います」
「そうかね―――」
 こんどこそ去るまでの間、魁は寿人の父親の背中を穴が開くほど睨んでいた。

――――わたしは、切に願っているがね。

 その言葉が何度も頭で繰り返される。無言で魁は伝鈴を繋げた。
 淡く、伝鈴が光る。
「――ジョーカー。一応、剣崎のことを調べてくれ」
 どうも、きなクサイ。
『あ?わかったわ。どないしたん?』
「………なんか、気に触る」
『ジン、カルシウム不足かいな』
 それは、違う処方箋だ。
 魁にしてはやんわりとツッコミを入れた。