問いかけの先は全て無の空に

04."a"



 冷たい日差しが建物に見事な陰影を描き出している。

 黄色と藍色の世界。
 高くそびえたつ建物はギリシャの古代神殿だった。そこに横たわった人影に光が降っていた。ジョーカーは目をさました。
「……ここは」
 そこは切り放された世界だった。いくらアクセスポイントに戻ろうとしても、ジンに連絡しようとしても通じない。

 狂気に揉まれそうだった。じっとりと汗が浮かび上がる。
 あまりにも美しい世界。しかし奥は混沌の名を授かることができそうなくらいの闇。

 あそこには行かない方がいい。
 本能はそう叫んだ。

 あそこに見届けるべき何かがある。
 理性がそうなだめた。

「開拓精神なめんなや」
 ぐいっと顎をあげ、ジョーカー一歩づつ歩き始める。
 足に絡み付いているのは赤い糸。その両端は見えない。
 ジョーカーの脳裏にあるギリシャ神話が思い出された。 美しき乙女が糸をたらしながら迷宮を進み、ミノタウロスを見付けた話。
「べっぴんさんがええなー」
そうでもないとやってられんわ。

 口に初めて歪みが生じる。―そう、これでいい。
 自分には笑いがないと。
 気をよくしたジョーカーは闇に入ろうとした。

 クスクス

 少女の笑い声。

 クスクス

「わぁお。乙女やけど若すぎアウトー」
 ありえへん。
 ジョーカーは笑い声のする、横にずれた。
「まてや」
                                クスクス
 もう少しで捕まえることができそうなくらい近い。
 姿は見えない。
 それがどうした。

 フロンティアは、虚実の世界なのだよ諸君!!

 悪態をつきながらつきすすむ。
 走るなんて死んでまう。むしろ死にたい。

 声が大きくなる。

          こっちだよ。

「ロリコンちゃうんやけどなー」
一瞬、少女の姿が写る。

 白い。

 それが全てだった。
 その色が全てだった。

 その色は――

「あんた、まさか!」

 ちがう。
 ちがう!!!

 少女の怒りと混乱、そして悲痛な叫び。

 あなたはだれ!?

「まってくれ。あんたは――」
 全てを繋げる前に全身に衝撃が走った。

 ドン

 後から来る音。
 全てが崩れていった。
 荘厳な柱も全てを。

 いやああぁぁぁぁ

 少女の叫びがしだいに遠くなる。


 ―――ン!――――は、――ど―――こ?

 涙を思わせるシャボン玉が弾けてゆく。
 遠のいてゆくこの感覚は、強制送還−強制ログアウト−だ。

 やばい、パスワードが手にはいらん!

 ジョーカーは切札をだした。だしたなかったがいってられん!崩れ落ちる体を必死にとどめ、光を点す。
「いったれ、クロノス!全部くってこいやぁ!!」
 ジョーカーの背中から狼達が一斉に飛び出した。狼達はありとあらゆるもの、データを喰らい付くしていく。食らうことでデータを入手するAI、クロノス。たちまちギリシャ世界をそしてレギナのデータを喰らう。
 滅茶苦茶な暴挙だ。

 世界か次々に変わって行く。ギリシャ神話、エジプトのピラミッド、ビデオをはや送りするようにめまぐるしく変わる。
 落ちる 落ちて 落ちた。
 混乱 混迷 混成
 成り立ち成り代わり崩れ落ちる。
 流れる圧倒的なデーターがジョーカーの頭をパンクさせようと踊り狂っていた。
 そして餓鬼のように喰らい付いていく白狼たちは突如、赤狼に変わった。目的のブツを手にいれたのだ。

 それを見届けたジョーカーは頭に強い衝撃を感じブラックアウトした。


 ジンはいきなり鳴り出した警報に身構えた。
 まさか。
 予想していなかった――否定しようとしていた疑問が浮かぶ。
 ジョーカーが、失敗したのか?
 五分前に画面がいきなりブラックアウトした事を思い出した。その時強制終了させようとしてもまったく操作をうけつけなかった。ケーブルを引っこ抜こうと思ったが、それはジョーカーの精神に尋常でないダメージを与える。
 最悪、廃人だ。
 だから放っておいたのだが…

 めんどくさいことになったぞ。

 ジンは無駄と分かりつつもジョーカー−人形−の頭を揺さぶった。
「おい!帰ってこい!」
 逃げるぞ、コラ。
 人形のガラスの瞳に光が灯った。
「あ…ったまいてぇ」
「はぁ?!人形が本体かお前は!」
 本当に苦しいのだろう、ジョーカーのいつものむやみやたらに余裕のある声はなりを潜めていた。
「うっさいんじゃぼけ」
 警報なっとんのがわからんのか、さっさと逃げんかい
「あんたをまってたんだよ!」
 言いながら人形を肩に乗せ、窓を開けた。
「だいたいお前が失敗したからばれたんだろ」
「……あんなん反則や」
 話は後で聞く。
 そう言って、身を外に投じた。