問いかけの先は全て無の空に

04."a"



 突然鳴り出した警報は容赦無く悠を叩き起こした。
「やはり、何か問題が起きたか」
 授業参観に乗じて、国家機密を探ろうとする外部者が必ず一人はいる。その度にガーディアン候補生として、こうしてかりだされるのだ。仮眠室の狭いベットから降り立ち、相棒である雅人をのぞき込むと……

 幸せそうに眠っていた。

「もぅ、こうさんかぁ」
 がはははとだらしなく笑うその姿はただの阿呆だ。
 悠は冷笑し、持っていた剣を鞘ごと振り下ろした。


「普通、剣で叩き起こすか?」
 頭に大きなタンコブをこしらえた雅人はブツブツ文句をたれた。
「馬鹿みたいに寝てるのが悪い。警報が鳴ったらすぐに出動、当然だろ」
 悠はあくまで、正論を吐く。
「いいだろ、午前授業があったんだから」
「そうか。授業のほとんどを寝ているのに不思議なことだな」
「ほとんどじゃねぇよ……半分だ」
 同じだ、馬鹿。
 ハハハハ
 笑いと共にドス黒い雰囲気が二人から発せられた、が。
 バインダーで頭を叩く音が響いた。それも二回。
「二人とも何やっているの。早く行くわよ」
 振り返ると桐子が肩をいからせてにおうだちしていた。
「いや、桐子」
「行くわよ」
「ちょっと」
 桐子は眉を跳ねあげた。
「英雄の再来ともあろうアナタ達が遅れたらほかの生徒にしめしがつかないんじゃないかしら?」
 いくわよ。
 三度繰り返し、問答無用で桐子は二人を引っ張っていった。

 外に出ると、梅雨明けの影響か、夏の初めにしては少し肌寒かった。
 すでに多くの四年生が警備について、慌ただしく動いている。
「一体何があった」
 悠は先にいた明と玲に声をかけた。
「ユウユウー」
「もう、ひどいんだよー」
 普段まったくと言っていいほど負の感情がでない二人には珍しく、御立腹だった。
「ルトベキアのデーターベースが一部ごっそり消えてるのー」
「もう、滅茶苦茶ぁ。ハッカーとしてセンスの欠片もないよー」
 悠はなだめるために二人の頭を交互に撫でながら、情報を確認した。
「つまり、犯人は未熟なハッカーで、学園のデータを盗んだ、と」
 企業の手先か?
 玲は首を横に傾けた。
「そこまではわかんない」
 ただ、
「データがごっそり盗まれてて、なにがあって何がないかも過去のデータと比較して調べないとわからないにゃー。それに単なる破壊工作かもしんにゃいしー」
 盗むなら盗むでコピーすれば良いのー。
 データのコピーならば元データはルトベキアに残ったままなので損害はまだ押さえられたのだが。明は頬を膨らませた。復旧のために働かされるとわかっているのだ。
「被害はーCPU室だよ。警報装置とかは作動しないように細工されてたー」
そして
「……それを見てる限りぃただの素人じゃないっぽい」
 少なくとも、データを奪った人とは違いそう。
「二人組、もしくはそれ以上ということか」
「かも」
「早く、データを見つけてね」
「あぁ」
 悠は力強く頷いた。
「ルトベキアを揺るがすものは誰一人として許すつもりはないよ」
 そのとき一人の男子生徒が走り寄ってきた。
「会長!不信な者はどこにも見つかりません!」
「そんな訳ないだろ」
 ですが!
 声をあげた生徒を制し、悠は双子を振り返った。
「明、玲。特例だ。学園内の全エリアを検索することを許可する。監視カメラだろうと何だろうと、怪しいものはすべて報告しろ。敵はまだ近くにいるはずだ」
 とたんに双子の目に輝きが生まれる。自由に操作するには権限が必要なのだ。
「「いーの?!」」
 悠は頷いた。
「見逃せば、増長するからな」
 悪い種は早期に排除だ。
 喜び満面で双子は手をつなぎ、空いた手を天にかざした。マギナが急速に二人を包み込み、【杖】なる腕輪が鋭い黄を放つ。

『開・万里を臨む玲明球』

 その声は普段からの様子からは想像できないほど、冷厳なものだった。
 力ある言の葉によって二人は球体のなかにいた。
 目前に学園地図が現れ、その画面に様々な色の点が点滅している。

 黒は教諭
 黄は許可され捜査に当たっている生徒
 白はその他警備に当たっている職員

 そして一つ

 赤は許可・登録されていない者。

 不審者

「いったよう!」
「憩いの広場に向かってるよぅ!」
 ざわめきいきり立つ生徒たちに雅人が地面に剣を振り下ろす。
「落ち着けよ!レースは始まったばかりだぜ」
 轟音に静まる中、悠は集まっていた生徒たちを見渡した。暁始めた空は紫に染まり、
「さぁ、征こう。僕らの学園は」
 その言葉は光が差し始めた夜を冴えゆかす。
 凛と
 緊と
 空を御音で冷え咲かす。


「僕らの手で守ろう」

 ――おう!



 ただ暁に染まる空に草を踏みしめ走る進撃に、明のどこかぬけた声が響く。
「ユウユウ!怪しいやつに追い付きそう!」
「おい、お前等しっかりついてこい!」
 雅人が怒鳴りあげ一斉に緊の文字に支配される。

「あと100メートル。…80、…60」

 カウントが進むにつれ、誰かが喉を鳴らす。

「…40、…20」

 するとなにやら軽快な音楽が流れ始めた。いや、聞こえ始めた。

「こ、これは!」
 数人の生徒が驚愕を表し、お互いに顔を見合わせた。
 訳がわからない。逃げているくせになぜ位置を知らせるようなことをするのか。
 悠は訪ねた。
「何なんだ、この曲は」
「某アニメでヒーローが出てくるときの曲です」
 悠の血管が浮きたつ。

「「ふざけるな!」」

 悠は眉をひそめた。
 今、誰かとハモらなかったか?

「ユウユウ、あそこ!」
 玲が指差した方に皆の視線が集まる。

 軽快な音楽。
 暁に染める朝日。
 爽やかな風。

 全てを背負った者が、電灯の上にいた。
 ただし、アニメのヒーローのようにマントをはためかせながら朝日を背に立っているわけではなく、

 頭を抱え込んで電灯の上でしゃがみ込んでいた。

 比喩的表現ではなく。
 文字通りに。

 ブツブツブツブツ
「なんで、なんでこんな曲が流れてんだよ。見付からないようにしようって、しようって!意味ないじゃん。…なんでこんなアホが相棒なんだ」
 もうやだ、解散してやる。人材派遣会社の電話番号なんだっけ。
 軽快な曲は、何故か突如冷えきった空気の中、リピートされ続けた。

 悲壮感ただよい。

 少年がようやくたちあがった。

「ったく。追いつかれた」
「エースのせいやん。いきなりしゃがみよって」
「黙れ元凶」

そう、漆黒のウインドブレーカーに身を包み、みつあみを揺らす少年。そして、目隠しの黒帯の端が、風に揺られていた。
「貴様は!」
 しかしその声を遮る形で少年の声が響く。
「ふはははー。我が名はリトルエース!英雄を継ぐ者なのであーる!うやめ崇めて誉め倒っ」
 少年は肩に乗っていた狐に似た人形を地面に叩き付けた。
「イタイやんなにすんねん!」
 少年は"無"で手をあげた。
『開・地獄の業火』
 焔が人形を舐め、
『開・神々の鉄槌』
 雷が人形を跳ねさせ、
『開・舞い落ちた巨人』
 重力の重石でバラバラに壊し、
『開・虚空に振るえる塵』
 原子レベル振動が人形を塵と化した。
 原型が消え失せた人形の後を見つめ、少年はただ溜め息をつき、生徒達を見下ろした。

 顔が見えないにも関わらず、なぜが老け込んでいるのが分かった。

「…さっきはお騒がせしました。変態は排除したので今日のところはおかえりください」
『変態ちゃうし。多分絶対』
 近くのスピーカーから狐の声がした。

 生徒たちはただ、呆然としていた。
 この馬鹿げたコント擬きに。だってあのガルム騒動のときの英雄の後継者はもの凄く格好良かったですよ!!あまりのギャップに心で泣いた。
 いや、その場の寒い空気に気がつかない者たちがいた。
 幼い声が暖かくする。

「「お友達になれそう!」」