05. 青空の下の悲喜こもごも
双子は、自分達の部屋に閉じこもっていた。
二人は学園に頼んで相部屋だ。
部屋の中は自室と言うよりは研究所っといった方が良いかもしれない。
部屋はおびただしいコンピューターで埋め尽くされていた。所狭しにディスプレイが並べられ、英字を並べ立てていた。
双子はいつもは括っている髪を下ろしていた。
手はキーボードの上で迅速に動いていた。二人のいつも底抜けに明るい双眸は凛然と冷え切っていた。
「…この悲惨なまでの情報破壊…いえ、略奪は一体何を意味しているのでありましょう」
「…我らが召喚した“追う狼”のデーターを改ざんする力がありながら、何故このような杜撰な行為を働いたのでありましょう」
ブツブツと小声で繰り出される言葉にはなんの感情も含まれてはいない。
「しかし、かの者は余りにも圧倒的・独善的」
「我らのデータを全て凍結、おそらくはかの者の手に渡ったでありましょう」
「では、かの者の実力は高いと、」
「98.58%の推論を100%と仮定するならば、異常があったのは学園のデータ入手時」
目はディスプレイによって照らされ蒼くなっている。
「「ならば、そうせざるを終えない状況とは」」
問いかけの返事はない。
「略奪に足る物」
「略奪せねばならぬ物」
「しかしそれは」
冷たい眼差しは苦汁を飲む。
「この学園にはありすぎる」
そう、このマギナに関する総合学園であり、企業との相互技術提供、開発を担っているルトベキアには余りにも重要なデータがありすぎる。
二人は今何を盗まれたのかを調べていた。
「なんと無秩序な略奪でありましょう」
「広範囲に渡る被害では特定困難」
しかし、二人は
「かの者は一体何者か」
「我らよりも上とするならば限られる」
自信があった。
「狐、遊都・大阪訛り・男・ルトベキアに詳しい」
「そしてこの実力に加え、シルクハットを被った狐のマーク」
ディスプレイには一人の男の写真が映し出されていた。
髪は黒
つり上がった目尻に
皮肉ったような薄い唇
スーツ姿というのに、まったく真面目そうには見えない。
二人の声は無機質に囲まれた部屋、冷却モーターが鳴り続ける中に木霊した。
「「城野内 條太郎氏」」
そして彼の写真の下には、彼が開発したAIが並べ立てられ……
その中にはクロノスの名も記されていた。
深いため息をついた。
桐子は上層部との連絡係だ。いや、本当なら生徒会長がすべきだ。
これだから、幼なじみって嫌なのよ。いろいろ押しつけられるんだから。毎度毎度のことながら、幼なじみ−悠に文句の一つでもいわないと気が済まない。
なんと言っても今回は事件が大きかった。
ルトベキアのデータだけでなく奪われたのは各種企業のデータも含まれている。しかも安全を謳っているというのに、事もあろうか授業参観の日に、レギナが警報を鳴らすまで気が付かなかった監督生への叱咤。
彼らを指揮する生徒会への叱咤。
なによりまんまと逃がしてしまった事への叱咤。
早く見つけろとのご命令。
こちらに非がある分なにも言い返せない。
でも、保護者を、外部の人間を調べられなかったら意味無い!
彼らは総じて社会的身分が高い。
疑いの目を向けるだけで、何を言われるか、要求されるか分からない。
だからといってルトベキアに影響力を持たない者だけ調べる、ということは保護者−あいつらにとっては金ヅルよね!−不快感を与えるからやはりダメ。
どうしろっていうの!
あの、英雄の後継者擬きを捕まえるしかない。
重い気分で生徒会室に入った。
「悠、雅人。いる?」
いた。が返事がない。
彼らはそれぞれ違うところにいた。
悠は自分の席に。
雅人は……勝手に持ち込んだソファの上に寝そべっている。
周りを見渡すがあの双子が見あたらない。
雅人に聞くと
「あいつらなら部屋にこもって復旧させてる」
納得し、そして手近にいた雅人に近づき桐子は持っていた分厚い書類――監督生全員に送る反省書に報告書をその寝ている顔にたたき落とした。
「っっってぇ!なにすん」
「人がおじさん達に叱られてたっていうのに、良いご身分ねぇ、雅人?」
雅人は忌々しげに桐子を睨んだ。
「んなもんしるか。怒られるのがお前の仕事。俺は暴れるだけ」
その勝手な暴言にストレスがたまっていた桐子の堪忍袋の緒が切れた。
「暴れても、成果が出て無いじゃない!あんな子供に振り回されて、取り逃がしたのはあんたでしょう!」
痛いところを付かれて雅人は顔を大袈裟なほどしかめた。言い返そうと口を開けるが、閉じた。
今回は分が悪い。
「…………あーーーもう!うるせぇ!今度会ったときにぶちのめす!これで良いだろ!」
「よくなーーーーい!」
今度、があったらダメなのよ!
問題を起こる、その事があってはならないことなのだ。
本当に、喧嘩馬鹿!
「悠もよ、聞いてるの?」
さっきからいっこうに口を開かない悠を見るが…彼は一点を見つめたままこちらを向こうともしない。
「悠?」
最奥にあつ机に向かうと、その周りは紙で埋もれていた。其処には様々な陣が描かれては線で消されている。悠は今もなお新しい紙に陣を書き、真剣に、首をひねった。
「どうしたら、無効化できるんだ?」
あれは見たこと無い陣だった。
桐子の影が紙の上に落ち、悠は初めて桐子の存在に気が付いたように−実際そうだろう−目を見張った。
「桐子、いたのか」
まったく、全然、話を聞いていない。
「うぅぅ〜」
涙が目尻に溜まる。この男のために何時間も叱られてきたというのに、感謝も謝罪の気持ちもない。ただただ、新しい陣に夢中な男、それがウィザード系たる悠だった。
しかし、泣きそうな桐子を見て悠は尚もこう言った。
「桐子、どうしたんだ」
早く、あの紙をみんなに配らないと仕事が終わらないだろ?
まったく、全然、桐子を気遣っていない。
言っていることは正しい。正しいが!
ドアが開く、そこから困った顔の豊が覗く。
「どうもー。嫌な紙もらいにっっっ」
その声を遮り、頬を打つ音が小気味に響いた。