章・過去が眠る楽都市で踊り狂え

11.それが罪だとしても


 
 
「すごいー、ごみゃごみゃしてるー」
「高いビルがいぱぱーい」
 遊都の駅に、少女に見える成人女性が二人、降り立った。
 口を半開きにしている彼女たちは鏡合わせのうり二つ。もちろん、玲と明だ。
 大きな荷物はない。ほとんど身一つで来ていた。妙にリアルなクマのポシェットが揺れている。
 先程駅員に親御さんは?と聞かれ、二人はダッシュで逃げてきたところだ。
 ――子供料金で来ていた。子供じゃないと証明したら財布に大打撃である。
 腕時計型の小型PCから、地図が浮かび上がる。
 二人の表情が急速に冷えていく。
「ゆきましょう」
「ゆきましょう」
「「真なる実を得るためにぃにゅぁーーー!?」」
 いきなりどっと増えた下車客の波に、二人は瞬く間に飲み込まれていく。
 その客の殆どは、アイドルグッツ――RICCAの文字を身に纏っていた。

 もがくが、いかんせん身長と群衆内での存在感が小さすぎる。
「うきゅーーー」
「めーちゃん!」
 玲の指輪、【杖】が光ると同時に体が急に浮かび上がった。何者かに、体を抱えられている。そしてそのまま急速離脱。
「「ほきょー!?」」
 と、叫び終わった頃には人波の濁流から逃れていた。
「さすがに、重い……」
「「んぎゅぁ!?」」
 首を痛いほど回し、見えたのは、自分たちを抱えている、あの黒い少年。表情が隠されているが、とても疲れているように見えた。
 降ろされてもジンの手を離さずに双子は口を開けてぽかんと見ていた。
「あ・スモール・エーの人だ」
「思ってたよりちっちゃい"ア"、ちっちゃいにゃー」
「……ちっちゃい子にちっちゃい言われた……っ!!」
 っていうか、リトルエースっていう、っていうかこれ自分でいうと恥ずかしいな!
 勝手に自爆して嫌そうに顔を歪める。
 双子は顔を見合わせた。
「「ちっちゃいエーにちっちゃい言われたーー!!」」
「俺よりチビのくせにーー!!」
 あぁああああ、なんかストレス溜まるなぁ!
 天を仰いで、なにか念仏のようなものをぶつぶつと呟いている不思議な少年の手を、明は引っ張った。
「ねーねー、なんでこんなとこにいるの?ァだよね」
「……文字表記にしなきゃわからん、ネタをするんじゃない。迎えに来たんだ。人さらいにでもあったら探すのが面倒だからな」
「素直に心配したから迎えに来たって言った方がおんなにょこハートはきゅんきゅんだよー?」
 珍獣を見るような目で見下ろし、ジンはこのまま帰ってしまおうかと考えた。そしたら、知らない人間を仲間に入れなくてもよくなる。
「めーちゃん、違うよ。これはツンデレって言うんだよー」
 そしたら、自分の正体がばれることもないし、なによりからかってくる人間が二人も減る。なにかもうすでに二人の中で玩具項目に入れられた気がそこはかとなく感じる。これは逃げ……精神世界安全のために戦略的退却をすべきなのでは。
<<ジンー、そろそろおうた?>>
 最たる人間の声を聞き、ジンは肩を落とした。
「……手ぶらで帰りたい」
<<あかんあかんあかんあかん、なに心弱い子になってんねん!ほぉら、ジン君は強い子よゐこ!>>
「おっさんに言われてもなー……せめてマドカ様に言われたい」
<<あいつはいいながら首絞めはんで……ってかワイおっさんやないーーまだおっさんやないーー!三十路にもなっとらんー!>>
「……俺の倍近く生きてるのか」
<<年齢算っぽくていややーお父さんの年齢がまさるくんの年齢の2倍になるときはあと何年後でしょー!?>>
 しらん。
 切り捨てられたー!!
 再び天を仰いでぶつぶつ言い始めた少年をみて、明と玲は逃げた方がいいだろうか、と考えていた。





「いいですか、皆さん。今日は、たくさんの方がいらっしゃいます。お行儀良く、寄付をねだるんですよぉ」
 はぁーい。
「恵母さん恵母さん、天使スマイルでなにいってまんねん」
 子供達の後ろからのサトルのツッコミを、その女性は完全に無視した。
 サトル達よりも数歳年上、後ろで腰まである髪をゆったりと編んでいる女性――朔月恵は自分の子供達に優しく続けた。
「子供の特権は使えるうちに使うんですよぉ」
 はぁーい。
「一番寄付をもらった子にはお母さん、ちょぉっと奮発しちゃう」
 やったぁ。
「でも、昔の悪い癖を使った子にはお母さん、ちょぃっと危ない化学反応を起こしちゃいますよぉ」
 う、うわぁぁい……
「……元科学者がいうと洒落にならへん」
「恵さん……」
 カナメとサトルの隣、近藤は表情一つ変えずに断言した。
「素敵だ」
「……」
 カナメとサトルは横目でチラリと見て、後ろを向いて肩を寄せ合った。
(あかん、末期や)
(ってかもうさっさとくっついたらええねん)
(風呂場におとそーか)
(そんないきなり既成事実作ったら、がきんちょどもの教育衛生上あかんて)
「カナメ、サトル。聞こえてるん、だがなぁっ」
「「聞こえるように言ってますんで」」
「カナ君、サッ君?真面目なお話なのよ?ちょっぉっと酸塩基反応、肌で感じてみますか?」
 ごめんなさいぃぃぃぃぃ!
 まともな教育を受けていないカナメ達だったが、化学分野においてのみ知識量が群を抜いて習得していた。
 ……もちろん、その弟妹達も。

「静流。あれって素なのかな……」
「素、なのでしょう」
「なぁ、なんでアレを講演して金を取らないんだ?」
「……周りも万年漫才状態だから」
 甚だ失礼な会話をするルトベキア学園チームは恵達のやりとりを少し離れたところで見ていた。今日は近藤と蘭もこのために来ている。
「やれやれ。局長はホントに押しが足りないぜぃ」
 里佳はリハーサルを昨日終え、最終チェックに奔走している。
 和泉は来ていない。この日はガーディアンがほぼ戦闘能力を失っているので応援、自衛団の編成・情報の管理を纏めている。同時に、和久の代わりである父と一緒に簡単な指揮を執っているのだ。なので、静流の手には昨日と同様ビデオカメラが収まっていた。
「魁も、なにもこんなときにバイトを入れなくてもいいのにね」
「あのチビのことかい?まぁ案内屋に休みはないんだぜぃ」
 蘭の一言に、静流は首を傾げた。
「……魁君のバイトって案内屋ですの?」
「ん?違うのかぃ?そう昔聞いたんだがねぃ。鬼屋敷にゃ、医者と案内屋と情報屋がいるってさ」
 カナメとサトルの方に視線を向けた蘭は続けた。
「あいつらのにっくき師匠が医者ってのぁ、知ってるけど、あの年だったら情報屋じゃなくて案内屋の方だろう」
 人脈も無さげだしぃ?
「人脈だったらありそうだけどね……」
 天照の榊原兄妹とガーディアンの局長と隊員そしてなぜか歌手。
「いやー、あの年で裏に人脈あったらなかなか人格形成が興味深いぜぃ。神経図太くないと情報屋はできないさ」
 いかにも胃痛に苦しんでそうな雰囲気だし?
 あまり親交のない人間に薄幸苦労性レッテルを貼られる魁がなんとも言えず黙祷を捧げたくなった。
「案内屋って、案内なさるんですか?」
「町がぐちゃぐちゃだろ?知らない人間には危険だしね。なかなかこれが需要があるんだぜぃ。ここのがきんちょどもも案内屋やってるし。転職してないかぎりそうだと思うね」
 へー。
 体操座りしているこども達を見る。赤ん坊を抱えている子から、ミミさんのように大人までいる。
 エリュシオン、それは孤児院だった。カナメとサトルもここの住人だ。
「では、なにか質問はありますか?」
「おかーさん、魁にーちゃんは?」
「魁君はー」
「ちびにぃはー」
「なんでこーへんのー」
「わすれとんちゃうん」
「ねとるできっと、おこしたらな」
 次々に魁を求める声が上がった。
「魁君はお仕事中です。終わったらすぐに来るって連絡がありましたよ。だから皆さん良い子にしてるんですよ?」
 遅くなった罰としてみんなで襲いかかりましょうね。
 ……はーい。
「魁、人気ねー」
「それはそうでしょう」
「そうね……魁って凄く予想もつかないことしてるわ」
「ですね」
 エリュシオン、それは魁が亡き兄の遺産でつくった孤児院だった。
 そして今日はその兄の命日で、エリュシオンの感謝祭。
 そして今日は……里佳のチャリティーコンサートの日だった。