章・過去が眠る楽都市で踊り狂え

02.飛んで火に入る夏の虫ズ


 かつて、政府機関が都市によって分断され、半強制的に日本があたかも戦国時代の時のように地方分権になっていた。荒れていく治安を回復させるには手の回らない警察は犯罪者に賞金をかけた。賞金稼ぎを専門とする人口の増加に伴って次第により幅広い情報を得るために組織化されていった。
 そのなかに天照の名があった。
 賞金稼ぎの質、捕獲率、情報網の広さは数ある組織のなかでも五本の指に入るほどだった。

 賞金稼ぎ時代の全盛期であった。

 しかし、ガーディアン設立に伴い次第に賞金首の制度は廃れ、組織が成り立たなくなった。

 生き残りをかけてどの組織も必死になるなか、天照は社長である榊原氏を先頭に次々に事業を拡大させた。遊園地等のアミューズメントパークを作り、商品開発や賞金稼ぎから得た技術開発を進め、そして賞金稼ぎ達の生活を維持するために賞金稼ぎから何でも屋―人材派遣会社へと変貌を遂げた。
 そして、天照はいまでは絶大な勢力をもつ財閥となる。
 また人形のように可愛らしく、美しい受付嬢をキャラクター化までされている。

 その受付嬢こそが、リリィであった。


「大切な思い出を取り戻したい方、
 大切なものを守りたい方、
 大切な約束を果たしたい方、
 そんな方はどうぞこの天照にお申し付けください。
 皆様の心に満足を。
 それが我等、天照の務めであります。
 この扉をくぐる勇気をだせば、必ずや満足いただけることでしょう」
 そして扉をくぐったその先に、笑顔が温かく向かえてくれるだろう。
「天照にいらっしゃいませ!」


 午前中は仕事は少ない。多くなるのは夕方頃からだ。人目を避けたいのかもしれないがそれは皆同じ。避けて夜や深夜に依頼に来たほうが他人との遭遇率は高くなるのは皮肉なことだ。
 リリィは事務のものと挨拶を交し、いつもの…正面玄関の正に正面に位置する受付に座った。仕事に使うパソコンを起動させる。手慣れた感じで天照のサイトを開き、業務用パスワードを入力した。
 そして、その一方でリリィは小型の装置を耳に付け、電源を付けた。片目に広がるフロンティアの世界。こちらも同様に天照のサイトを開いた。

 丁度視界の半分で全く違う光景が広がっているというのに、リリィは微笑みを絶やさない。慣れたもので、リリィはフロンティアでの依頼にも受付嬢として働いていた。

 ピン―
 フロンティアからの知らせが入る。今日の一番目のお客様だ。
 小型マイクとカメラに向かってリリィはにっこりと笑った。
「天照にいらっしゃいませ」
 お客様―女性だ。
 フロンティアだが、その身に纏っているのはブランド物。フロンティアだからこそ、なんでも身に纏うことができる。しかしそのときは洋服を着せてもらっているという印象を持つ。しかしこの女性はむしろ着慣れてしっくりしている。普段から―現実世界でも着ているのだろう。
 その女性はリリィにほほえみかけてから話を―依頼を切り出した。
「こちらでも依頼を受け付けてくれますよね?」
「はい。勿論ですわ」
 こちらから依頼の内容を聞き出すことはない。
 奇妙に聞こえるかも知れないが、自分から言い出す勇気―根性と会長は言うが―がないかぎり天照は依頼を受けない。
 女性は躊躇うことなく言った。
「実は娘とその友人を護衛して欲しいの。できれば本人達には分からないように」
できるかしら?
「はい。できますわ。対象の方に気付かれないようにするのでしたら、少々割高になりますがよろしいでしょうか?」
「いいです。お金に射止めはつけません」
 リリィはさっと頭を回転させた。今、暇な護衛できるエージェント…十分にいる。
「いつ頃、またどのくらいの期間でしょうか」
 女性ははっと驚いたように顔をあげた。
「あ、娘達はもう遊都にいると思いますから、捜していただけますか?」
「はい。ですが、見付かるまでのお嬢様達の安全は保証しかねます」
わかったわ。
女性はしょうがないわね、と頷いた。そして思案顔になった。
「後、期間は…どのくらいになるかわからないの」
「でしたらお好きな時に終了を行っていただければよいですわ」
「そう?良かった。」
 これでいいかしら?とにこにこ笑っている女性にリリィはやんわりと付け加えた。
「あの、対象の方のお名前を…」
「あぁ!ごめんなさい。」
いやだわ、年かしら?
両頬に手を当てるその姿は歳にもかかわらず可愛らしいものだった。
「新堂 燐と相川 静流。この二人ですわ」
 依頼内容を打ち込んでいたリリィの手が止まった。
  その名前は…
 考えるよりも先に口が動いた。
「奥様、少々値段は高くなりますが、打って付けのエージェントが一人おります」
 女性―燐の母親は目を輝かせた。
「本当?」
 リリィは頷いた。
「はい。天照でも髄一の腕を持ち、絶対に彼女達をお守りします」
且つ決して護衛と悟られません。

 かくてリリィは依頼を受理した。


「あーなんか久々に自作料理喰ったな……」
 風呂場から出ていた魁は軽く遅い朝食を取っていた。すると携帯がいきなり跳ねはじめて机の端から落ちそうになる。
っと。
 魁は軽々受け止めた。
 メールだ。
 受信箱を開くと
「ん?天照?」
 天照からの仕事の依頼だった。しかも、題名はエマージェンシィー★
 ……緊急の依頼だ。
 緊急のものから急ぎでないものまで五段階にわかれており、星印は難易度をしめす。
 …超緊急で、難易度1?
 大抵の魁の仕事は緊急度はまちまちだが、全てにおいて難易度が高い。難しければ難しいほど手元に入ってくるものは高くなるから、率先して引き受けている。
 ……つまり、この依頼難易度は魁―ジン向きではない。
 魁は首を傾げた。
 リリィ、メール先を間違えたのか?
 大体今自分にはいくつかの仕事が溜っている。普段ならリリィは自分の判断で魁には仕事をまわさない量のだ。不思議に思いながらもメールを開いた。
 その内容を見たとき…

 思わず魁は囓っていた食パンを落とした。

  はぁ!?

 見直しても見直しても内容は勿論変わらない。

「い、イジメだ!」

 開口一番の叫びだった。
 すぐさまパンを飲み込んで上着―紫外線よけの上着を取って外に出た。
  い、急がないと!!!
 もう、夢見が悪かったとか言ってられなかった。

 良くも、悪くも。

走り出た、彼の前には青空が広がっていた。