章・過去が眠る楽都市で踊り狂え

03.悲しいけどこれって現実なのよね



「…で、言いたいことはあるか?」
 懲罰室に四人の青年が座らされていた。
 もちろん正座だ。
「…」
 ルトベキアの一二を争う二人だがかなり苦戦した。なにしろ、カナメとサトルは寸分たがわず確実に急所を狙ってきたし、分かっていても避けがたいものだった。速さで言うなら、むしろ勝っている。しかし無駄のない動きは速さの差異など凌駕する。何より急所を狙うことになんの躊躇いもないことが、恐ろしかった。これが、実戦を経験した者の力なのかと。

……殺されるかと思った。

 身体能力がもう少し劣っていたら、ここではなく病院のベットに座っていただろう。しかし、それはあちらの二人も同じことだ。顔にもアザが出来ている不機嫌を体現化した四人を見て近藤は頭が痛くなった。
「喧嘩の原因は?」
誰も返事をしない。
が、
「「……気に食わなかったので」」
因縁つけましたー。
 声を揃えて報告したのはむしろカナメ達だった。
「気に入らなかった?」
 二人が基本的に人当たりのいいことを知っている近藤は苦々しく言った。顔に大きな青痣を作っているサトルにさっきの激情はなく、いつもの調子を取り戻している。
「はい。それと温室育ちのボンボンがどのくらい強いか知りたかったんですー」
「右に同じくー」
 便乗したカナメをサトルは睨む。語尾を伸ばすな。近藤は正座の彼らを見下ろした。
「…で、喧嘩を売ったと」
「「はい」」
ふーっと近藤は息を吐き、
すーっと近藤は息を吸う。

一拍。

「ばっかもん!!そんな理由で一般人に喧嘩を仕掛けるな!」
自分達の仕事をなんだと思っている!
 びりびりとガラスが震えるなか、しかし二人はうなだれる事なく近藤と視線を合わせた。
「一般市民を護ることデース。平和マンセーイ」
「殴ってるだろ・・・!!」
「なぐってへんもん、じゃれとってんもん」
「ほーなんなら私と今度じゃれるか」
殺す気かいな!局長!
 ボケボケに移行しているが、近藤の言葉はむしろ悠達の心に痛みを与えた。
 一般市民、か。
 どんなに実力があろうと自分達はガーディアンではない。研修生ではあるが、ガーディアンではない。時間が経てば部外者になる。近藤がサトル達を叱るのはガーディアンであり、彼等にはその責任があるからだ。
 そして彼等はそれを今分かっているから、本当は雅人も喧嘩を売り出したことを言っていない。
 なぜ、庇うのだろう。
 悠が釈然としないうちに近藤から判決が言い渡された。
「朔月カナメ、朔月サトル。むこう一ヶ月減給だ」
カナメ、サトル達の顔にはなんの表情も浮かばなかった、が、
「だが、引き続き、この二人の世話はするように」
 サトルは眉をひそめ、
 カナメは目を剥いた。
 二人は顔を見合わせて、
 近藤に聞こえない程度に舌打ちをした。

 悠はその光景を複雑な思いで見ていた。
 ……いや、もしかしたら。
 彼らは単に研修生の監督から降りたかっただけかもしれない。
最後の悪あがきでカナメは文句を言いつのった。
「局長。そうは言うけど、こんなエリートさんに俺らが教えれることなんかないですよ」
こいつらルトベキアっ子でしょ。
カナメは続けた。
「大体ルトベキアOBなら他のやつらがいるでしょう。蘭姐とか。…それに俺達、マギナを使えるわけでもないしー」
カナメの言い分ももっともだ。サトルも続けた。
「特に私は局長の見張りが仕事なのにぃ」
「っごほん」
近藤は咳払いで誤魔化した。
「だがな、」
「同い年だからとかいう理由だったら怒りますよ。誰も同い年からものを教わるのはいい気はしません」
戦闘能力は彼等の方が上ならなおさらです。
雅人も口を開いた。
「こいつらの言う通りだ。マギナ使いでもないのに俺達の監督ができるか」
マギナ使いじゃないと言っているのに彼等は文句の一つもいわないで頷いた。先ほどと大きな違いだ。その顔には不満よりも期待が込められている。
 悠はやはり、とさっきの推測の確信を深めた。体から無駄な力が抜けた。
……なんだかなぁ。
そんなことで仕掛けられ、それに乗ってしまった自分が情けない。まだまだ甘い。胸に広がる痛み。
 あの狐に言われた言葉を思い出し顔をしかめた。仲良しクラブじゃない。そんなつもりもない。
 三人は死闘まがいの喧嘩をしていたというのに口を揃えて抗議している。
「かーえーろっ!」
「かーえーろっ!」
「貴様らな……」
「悠もそう思うよな!」
いきなり話をふられた悠は一瞬対応に遅れた。
「え?」
『嫌だと言えオーラ』が三人から放出されているのを肌でびしばし感じる。
一瞬沈黙した悠は顔をあげ学園の女学生を魅了する笑みを浮かべて近藤を見上げる。近藤の顔が困惑になる。悠のバックに後光が差していた。
「そうですね」
ぱっと三人の顔が明るくなる。
「できれば僕は是非とも朔月さん達に監督をしてほしいです」
踊らされるのは嫌いだった。
阿鼻叫喚の無声状態がその場を支配した。

相良 悠。
彼が恐ろしいのはその微笑みかもしれない。


「近藤局長!考え直してっつああああ!」
 カナメが抗議の声をあげているときに突然上体を倒した。何かが震える音が規則的になっている。それは携帯のバイブレーションの音だった。
 隣に座っているサトルがカナメのズボンのポケットから携帯を捻だした。
 正座で痺れて足の感覚がなくなっていたところに新しい刺激がきたのだ。カナメにこれから襲いかかるむずがゆい痛みやら痺れやらのことを思って悠は合掌した。
「はい。懲罰室でマゾってるカナメ君の素敵なサド相棒、サトル君です」
それからサトルは
「…美人?」
「逆玉?」
「それは美味しいカモですな」
「なんかルトベキア生の監督しないといけなくなりそうなんだけど」
「えー。じぁあ局長に言ってよ」
と、おおよそ仕事とは思えない会話をして局長に真顔で携帯を差し出した。

「胃痛の原因からです」
胃痛の原因、と聞いて近藤は嫌そうに携帯を受け取った。

「私だ」
『俺の名前を口にしたら怒る』
開口一番それか。
『ちょっと二人を貸して。友達が遊都に護衛もつけないで来てるみたいなんだ』
「そんな私用を聞けるわけないだろう」
『…二人中二人が女の子だよ』
しかも身なりがいい。
その遊都では、もう拐ってくださいなシチュエーションに頭がくらっとした。
『遊都にそろそろ着いてるはずなんだ。俺だけじゃ見付けるのが遅れるかもしれないから、二人を貸して!ルトベキア生ぬきで!』
拐われたら即完売するぐらいやばいんだ!
身内のこととなると途端に過保護になる魁のことだ。
ここで断ると、
『恵さんにちくるぞ』
「なんでそればかりなんだ…」
あぁぁ。ある意味本当に逆らえない。
「わかった。二人は貸すが、今度必ずこっちに出向くように」
げっ。
うめき声が携帯の向こう側から聞こえる。こいつ、こないつもりだったのか!?
「向こうの生活で聞きたいことがある」
 これくらいは後援者の権利だ。
 携帯が沈黙すること十数秒。魁はわかった、行くよと告げた。

 近藤はサトルに―カナメは足の痺れがきれる直前なのか、涙目で床を叩いて耐えている―携帯を返した。
「局長?」
 目の中にお星様が見える。
 こいつらのこう言うところが大嫌いだ。
 近藤は呻きながらルトベキア生の方を向いた。
「相良君、北條君。君達には説明の後ガーディアン補佐証を渡す」
 そして言いたくない言葉を続けた。
「そこの馬鹿共はその間に仕事に行ってこい」
 にやにや笑っているサトルはカナメの背中を強く叩き、カナメの体が大きく跳ねた。近藤は咳払いをした。最後にちゃんと付け加えた。
「終わったら必ずすぐに帰ってくるように」
監督は変えんぞ。


わき起こるブーイングの嵐に近藤は両手で耳を押さえた。