章・過去が眠る楽都市で踊り狂え

07.戦え僕らの正義の味方


 
熱中夜
日が沈んだというのにまだ熱気がこもる夜
『農場』―食材生産場の回りには白い影が林―とはいかないまでも幾本も並んでいた。
『こちらU。異常ありません』
『こっちはM。まだかよ』
『はいS。何事も忍耐だよ』
『ほいK。よいこだから眠いわ』
誰がだよ。
一斉のツッコミに通信機が揺れた。
しばらくの沈黙の後、
『Rだずぇい。……一人じゃさびしぃのん。誰か暖めてん』
勘弁してくださいよ。
一斉のうめきに通信機が沈んだ。
『黙って待機だ!』
yes、ボス!
近藤は通信機を握り潰さないように堪えた。






魁―いやジンは風そよぐビルの上に立っていた。
双眼鏡から見えるの【農場】
昔ならマギナで拡大投影していたのだが、今ではまったく使わなくなっていた。
極力マギナは使わない。
これが主治医としてのエンから言われたことだった。
『ジン、そろそろや』
初めてリサーチャーとして仕事をしようと意気込んでいたのに結局ジョーカーの手を借りることになっていた。
別に嫌ってわけじゃないが、自称保護者から少しは自立する機会だったのにな。
一応はリサーチャーとして下準備をしていたがジョーカーに尽く準備甘さを指摘され―かえって厳しい目にあった。
そもそも一からトップクラスのリサーチャーに立ち打ちできるわけがない。
変わったことと言えば少しだけリサーチャーの師匠ぶられるということだ。
むぅ。
ジンは眉をひそめた。
ジョーカーが別に嫌ってわけじゃない。わけじゃないが、
…………ちょっとむかつく。
ジョーカーと未熟な自分に。
『……聞ぃとる?』
「ん、あぁ、ジョーカーが敵の逃走を俺に言って俺がヤツラを現行犯でとっ捕まえる」
『……簡単に言ってくれるわ、天照はホンマ』
「短期間で割りの良い仕事回してもらってるんだ。多少の無理は我慢だろ」
そもそもジョーカーが文句を言うことではない。仕事を請け負ったのはジンだ。
しかし、自称保護者の立場から言っているのであって、相棒の立場からではないということもわかっている。
でなければここにいない。ネメシスを作る時間を割いてきてくれているのだ。
「あ、ジョーカー。燐達どうしてる?」
お見合い騒動終結からジンは仕事がたてこんでいてとてもではないがエンの所にはいけなかった。
エンの文字通り地獄の特訓に少女達は大丈夫だろうか?
『………………』
「ジ、ジョーカー!頼むからここで沈黙は止めてくれ!」
死んでないで
「そっからスタートの心配かよ!」
『人生ままならへんっちゅうことや』
いやいやいやいやいや
運動もしていないのに冷たい汗が激しく流れる。
絶対に行こう、明日にでも絶対に行こう!
ジンはわずかに肩を落としてから、頭を切り替えた。
「今日は先輩達がいるから気をつけないとな」
なんでこんなとこまできたんだ?
『………せやな』
含みがあるジョーカーの声。
薄々分かっているようだ。
薄々どころではなく確信かもしれない。
ジョーカーの頭の中を、アレなネタを消去してから見てみたい。

前方―【農場】から爆発音が響いた。

そして火薬の名残を残す風が届いたときには少年の姿はなかった。





けたたましい爆音で静寂が破られた闇夜を天高く焦がす炎が舞っていた。
全てを舐めつくすような炎の動きは肉食恐竜の舌を彷彿させる。光源は油の上を走り、ついで何重もの影が建物の壁を走った。腰は低く、足取りは確かだ。一人、二人と増え―五人になった。皆一様に同じ黒い装甲服を着ている。足音を吸収しているブーツは皆同じ方向へ迷いなく進む。轟々と炎が鳴き むずがる子供のように泣く非常ベルがその男達の背を押した。もう後には退けないと心の中の何かが呟いた。背中に流れるのは熱気による汗ではなかった。
 隊長格と思われる男が、裏口に銃弾を浴びせた。ひしゃげた非常口を蹴り飛ばす。中に誰もいないことを確認し、仲間に合図を送る。

誰も答えない。

訝しみ後ろを振り向いたとき、男の目は極限まで開かれた。すぐさま引き金を引いた。飛び散る薬莢の音は打ち消された。銃の反動を受け流し、すぐさま廊下に飛び込んだ。
見えたのは一人佇む女性のシルエット。白い外套をはためかせ、炎を背にした女性の表情は逆光でみえない。何か喋っているのだろうか?顔が動いていた。耳鳴りがするほどサイレンが鳴り響くなか、人の声など聞こえない。呪文を聞き逃したか。舌打ちを堪えた。
ここでみる白い外套など、ガーディアン―盾の人間しかいない。マギナ使いだ。
装甲服のスプリングが軋んだ。外からの筋肉補強も兼ねたこの服は着た者を簡易サイボーグ化させるものだ。所詮ガーディアンも人間だ。人間の膂力を越えた自分にも不意打ちさえなければまだ分はある。そう自分に言い聞かせた。

背を鉄筋コンクリートに預ける。呼吸を整えた。

ばっと扉から体を出し 銃を発砲した。映画と違って銃弾ではなくこぶし大の火の玉が飛んでくる。冗談じゃない。この人外生物め。


『開・暗中模索・百花斉放』
蘭はウィザード系である。しかも悠とは違って完全中遠距離型だ。あまり前線にたったことはない。中央本部では後衛がだったのだが、遊都では深刻な人員不足でかり出されている。何年にもなりようやく馴れてきたところだ。
いやぁ、まいっちまうぜぃ。
こっちが陽動であることはすぐに分かった。なんと言ってもマギナ使いがいない。

だからこそ、困った。

ウィザード系である証でもある長い杖を回転させる。背中には弓型の【杖】があるのだがそれには手をつけていない。

殺さないでおくのが、とても難しい。

こういう状況で相手を殺すことは大目に見られる。中央本部ではむしろ肯定的に認められていた。しかし、近藤はいい顔をしない。「なるべく殺すな」と言う。蘭は近藤を大っぴらには尊敬を示してはいないが―とても好ましかった。中央を出されやさぐれていた自分に新しい世界を見せてくれた。甘い甘い男だが、だからこそいい。ついて行きたいと思う。
それに、
「なるべく殺すなってぃことは できなかったら局長にあたしが未熟っておもわれちまうからねぃ」
減給は勘弁ッスよ。

暗闇の中、あたりは浮いている白い光の玉で明るく照らされている。
とりあえずは捕まえないとねぃ。
賊が身につけている装甲服はこのグループがおいそれと買えるモノではない。裏に誰かが糸を引いているだろう。
必ず吐かす。
どういう訳か、尋問はとても得意だった。

杖をあげる。たちまち陣が編み出される。水色に煌々と光る。肌が乾燥を感じた。
そして唱える。
『開・水天髣髴』
一気に陣上に水の固まりができあがる。維持し、さらに陣を重ねる。
『開・落花流水・疾風迅雷』
中に水花が咲いた。雷が走り花を貫く。水を電気分解。水素と酸素が発生する。
『開・気炎万丈・狼呑虎咽』
水素の爆発エネルギーを糧に水の虎狼が一斉に走った。
次々に炎を飲み込んでゆく。そして残りは内部へと走った。狙うは先ほどターゲットをつけておいた黒い人間だ。
元々前衛ではないのだ。膂力に負ける半サイボーグ人間と真正面からぶつかることはない。

狂った銃声の後、うめき声が止まった。

まぁ地上で溺れるという貴重な体験ができてよかったんじゃねぇかいねぃ。
たぷたぷと腹に男を入れた―丸見えだ―虎が帰ってきて、その姿を崩した。

蘭は面倒くさそうに連絡機をつけた。
「あーこちらR、敵を補足確保いたしましたぜぃ。どうぞ」
『こちらM、引き続き警戒を怠るな、だそうだ。どうぞ』
同期の室井だ。こいつはヒーラーなので、近藤のそばにいる。
「そっちどう?どうぞ」
『ふむ。若いもんが頑張って俺が楽だ。どうぞ』
「なるほど。あたしもそっちがよかったぜぃ」

まぁお手並み拝見だねぃ、後輩ちゃんたち。

己の力を過信していた自分。そして過ちを犯した自分。
もう表舞台にはでられないけれど、それでも・・・・・まだ未来がある青年達に望みを託したい。

「くそったれな英雄・神崎 神よりも、まともになってくれよぉ」

彼女はにやりと笑った。