章・過去が眠る楽都市で踊り狂え

07.戦え僕らの正義の味方


 

 吹っ飛んだ。
無駄に聴覚が働いて―ぉー飛んだ飛んだ、と呟く声が耳に届く。そんなことを言う前にもうすこし動いて欲しい。悠は体をひねり、足から辛うじて着地。装甲ブーツがアスファルトを削った。摩擦熱で熱くなった地面を軽く指で押し、上体を低くしたまま前へと全身を押した。その上を銃弾が貫いてゆく。


 相手は装甲服を着用していた。


生身の人間をサイボーグに変えるその服に―悠は馴染みがあまりない。見たこともある。触ったこともある。豊が作った物を見せてもらったこともある。都市部での過激組織が実際に襲ってきたこともある。

しかし幸か不幸か、戦ったことはなかった。

「がんばれー」
呑気に気のない声援を送っているのは室井だ。
「戦ったことぐらいあるんだろ」
ありませんよ!
こういうのは先輩連中が倒した。自分たち、研修生はあくまで研修生で初っぱなからこんな本気の実践にはでない!もっと地味だ!
苛立ちをそのまま剣に籠め、杖に灯った光がなびいた。相手が銃口をこっちに向けた。防弾コートを翻し弾を身のない部分で受け止める。反動を受け流し、腕を下段から振り上げ相手の銃を持つ腕の関節部に剣の刃を当てる。

『開・破り駆けるは真空・縛めるは爆鎖』

剣は真空刃―鎌鼬を発生させ、悠は剣を滑らした。そのまま関節部の薄い装甲を食い破る。血が刃を走り後ろに滴った。爆は銃を破壊し―飛ばした。低く―床を滑っていった。
足が来た。とっさに腕でガード。嫌な音が体に響く。腕が痛みよりも先に痺れを訴えた。言葉が出ずに、されど剣をふるう。一瞬白くなった頭に言葉が現れた。痛みに脳を支配されるな。言葉だ。『言葉』が力だ。

陣が乱れ稲妻のように荒れ狂う。敵がこちらに迫ってきた。

腕が重い。ふくれあがっていた。ひびが入っているのかもしれない。悠はいったん後ろに飛んだ。息を大きく吸い、止める。襲いかかる蹴りやをよける。避けきれないものは剣や死んだ腕で止める。時に鈍く時に鋭い痛みの嵐の中、集中は全て目の前の敵。
相手の呼吸をとりにくい。相手は顔も装甲に護られている。人間の膂力を超えている速さと力は間違いなく悠を追いつめる。糸口をつかめないまま続く。

相手の膝が突如あらぬ方向へはじけた。悠は好機を見逃さずたたみかけるように陣を瞬く間に作り出した。『言葉』が力だ。力ある言葉を渾身の力で叫ぶ。

『開・炸・爆・封・重』
四連発が敵の身にたたき込まれた。重き相手は地面にめり込み、指が抗うように天をかきむしるが、ゆっくりと止まった。
「くっはぁ、はぁ、っっはぁ・・・」
膝から落ち、荒れ狂う呼吸を整える悠の頭上に静かに声が降りた。
「悠、大丈夫か?」
ライフルを構えたサトルだ。ピンポイントで相手の膝を打ち抜いた彼は悠を見てから楽にしている室井を見た。
「室井さん、助けてあげてくださいよ」
「めんどくさい」
この駄目人間!
標準語がおかしい奴の言葉は聞こえんな。
サトルはしゃがみ込み、悠の非道く腫れている腕をとった。
「っつー!」
「あぁ、イカレているね。ヒーラー!室井さん!出番ですよ!」
室井は敵を文字通り踏み越えて来た。手には陣ができあがっている。
「お前らなーゲームだろうと現実だろうとヒーラーの出番ってのはな」

味方のほとんどが戦闘不能になったのを一気に回復させる時だぜ。
「どうせなら、もっとばかすかぼっろんぼっろんに怪我してこいよ。特攻だ特攻」
もったいないだろ、マギナと俺の鋭気が。
その顔はぼーっとしていて冗談かどうか見分けにくい。



――腕は治ったが、引きつった笑みはなおらなかった。




そのころジンは眠そうにあくびをした。
『寝たあかんで、ジン』
わーってるよ。
こっている肩を回した。意外に大きかったいやな音に弱冠眉をひそめた。床に置いていた電子虹狐の首根っこをつかみあげた。警報は消え、代わりに白い光が夜空を切り裂いている。さすがに【工場】の破壊を見逃すことはできないとして、非常事態宣言により電力が供給されているのだ。
皆―盾と天照―が懸命に働いている、無線を傍受しながら少年はきっぱりと言った。
「しょーがねぇだろ。暇なんだから」
爆発があって駆けつけたものの、火は盾の隊員が消したし、その他大勢装甲兵の皆様は盾の新たな戦力投入のおかげでなんとか収拾にむかっている。
「このまま終わったら給料もらえるかな」
らっくしょー♪
にやにや笑う少年に狐はペシコンと頭を叩いた。
『あんなジン、リサーチャーはな洞察力と判断力を働かせなあかんねんで』
「で」
ジンが冷たい!
「兄さんの真似すんな」
『本心やがな!』
首から頭を鷲掴みされている狐は逃げようとよじよじと身をくねらせた。少年は各ポイントの安全を確認しながら歩く。
「俺、そういうの苦手だな」
『こっそり猛攻直進型やもんな』
うるせー
頭から手を離した。虹狐は宙に舞う。何度も。
『いや!お手玉は止めて!カメラで酔う!』
「俺、これは得意」
『一個やーん!』
そこはかとなく自慢げな少年は歩き続け、狐の悲鳴が続く。
『動物虐待で訴えてやる!』
「メカ愛護団体を呼んでこい」
『ハートさえあれば、機械の体なんて関係あらへん』
「高く売ーれーるー♪」
さっいてー!
頭にしがみついている狐に少年はうんざりした。毎度毎度同じことだがこれだけは慣れてはいけない領域な気がする。
大体な、
「金がないのに使うからいけないんだろ」
『・・・・わいってさー貯金できへん人種なんや』
「全額寄こせ。管理してやる」
『お、鬼嫁!?』
だれが嫁だ。
ジンは自分の血液型がAであることを思い出した。ついでにいうと兄はO型だった。
きっとエンはAB型でジョーカーはB型なんだろう。実際は知らないが。
『ってかな!ワイだって買いたいもんがあるんや!これでも結構かせいでんねんからな!』
「だったら自分の人形代くらいは・ら・え・よ!」
ジョーカーは普段は情報を売ったり(主に裏と盾)システムを構築したり更新したり(主に天照)して生計を立てている。・・・訂正、立てているのは自分だ。
てか仕事相手が身内ばっかりってどうよ。いやいいけどさ。なんか割安な気がする。
天照のフロンティア受付もその一つでそれこそ莫大な金をもらっているはずなのだが湯水のごとく金は消えていっている。ネメシス構築資金とかいろいろ言い訳しているが少しはこっちに流して欲しい。つらつらと思えば思うほど腹が立ってくる。
夜は寝たいのだ。午後十時から午前二時までは寝なくてはいけないのだ!なぜならその時間帯に寝ると成長ホルモン―身長促進―がでるのだから!ってエンが言ってたー!
エンの意地の悪い顔が脳裏によぎる。
 せっかく学園で規則正しい生活をしてたのに!絶対この仕事のせいでまた一センチ伸びなくなるんだ。
春からほとんど身長が伸びていない。というかここ数年伸びてない!やりくりして牛乳毎日のんでるのに!
あれもこれも加えて、一番被害のない相手にいらだちをぶつけた。
「あーもう。本当に腹立つなぁ!毛刈っていいか?」
いやーーー!特注もふもふやねん!
「特注すんなーー!!」
簡易マギナは少し特注もふもふを焦がした。
ひんひんと泣きながら狐はぷすぷすと煙を吐く耳をシルクハットで叩き消している。少年はまったく無視だ。
恨みがましそうににらみつけながらジョーカーはリサーチャーとして続けた。これを見落とすと危ない。
『えぇか?ワイが前に言ったこと覚えとる?』
少年はしばし沈黙し、
「ジョーカーの思考回路は直列」
『そんな昔のこと言われても困るわほんま』
忘れてええよ。つーか忘れてや。
少年はやなこった、と肩をすくめて
「襲ってくるのは堕ちこぼれマギナ使い集団」
と言ってから顔をしかめた。おかしいことに気がついたのだ。無線の内容を思い返してみて確信する。
「・・・・今まで【装甲】しかでてない・・・!」
ジンはばっと中心部の方を振り向いた。
目に力を入れる。マギナである蛍火はかすかだが、確かにそちらから波紋し続けている。
光の波が一気に中心部に走っ・・・・強引な力で引き寄せられる!
ぎりりっと歯が互いに傷つけあった。気づくのが遅すぎる!
陣が解放され中央部第一層が打ち破られたであろう音が響き渡った。
少年は踵をならし駆けだした。明日のご飯が無くなってしまう。
舌打ちとジョーカーののほほんとした言葉が重なった。
『ま。陽動に決まってる罠』
「なんかこのパターン前にもあったぞ!」
二度ネタ禁止じゃなかったか!?