「急げ!早く食料を確保するのだ!」
まだその声は若い。
カッチリとした防御服に包まれているが、少女特有のしなやかな曲線は隠させていなかった。
おうっとかけ声と共に青年達は一斉に内部へと進入していった。
貧困の格差は広がるばかりだ。
戸籍のない彼らには配当される食料もない。
力が支配する領域で暮らす彼らにとって暴力とは生きる力に他ならなかった。
「働けよ」人はそういう。
悪事をはたらくくらいなら、働けと。
しかし、身元もしっかりしていない。まともな服もない人間を誰が雇ってくれるというのだ。
だが、それもこれまでだ。とある伝手で手に入れた防護服、装甲服と銃器一式は必ず未来をぶち開けてくれる。
歪んだ未来。されど、このまま未来がつぶれるよりはずっとずっとましだ。
少女と青年達は食料庫に向かう者と、植物を育てる装置を奪略する者の二手に分かれた。
食料庫に向かう者はおとりだ。本当の目的は装置。
自分たちで育てることが出来れば、こんな危険な道を渡らなくてすむのだ。闇市で売ることだってできる。
少女は装置がある部屋の前にたどり着いた。
泣きそうな、されど獰猛な笑み。念願のものがそこにはある。
這い蹲って生きるのはもうこりごりだ。
「特権を握り続けている腐った野郎どもに目に物見せてやる!」
マギナが彼女を中心に集まる。
歪な陣は、しかし人間の力よりも遙かに大きな力だった。
後ろの者達も陣を編み始める。
「うっせぇな」
「危ない!」
黄色の閃光が彼女の前を走った。
一瞬、瞬きの間のことだった。通り抜けた雷光は廊下の突き当たりにぶつかって百獣の轟きを思わせた。
もし、男が少女の手を引いていなかったら。
死の恐れが少女達に駆け抜けた。
陣が乱れた少女の代わりにほかの青年が陣を編み上げた。
『開・風渡り炎を巻き上げる』
風をはらんだ炎の塊が自分たちを見据える男に向かった。
男はその刃が女の腰回りほどもある大剣を振り下ろし、炎を剣に巻き付かせ、軽々と素振りで炎を打ち払った。
「っな」
マギナで起こした炎は普通に起こした炎よりも強い。その炎は酸素だけでなくマギナもその力の供給源としているからだ。
炎を巻き消した男は、鼻を鳴らした。
「へたくそ。ったくよ。おい、やっぱりこっちが目的だったみたいだぜ?」
「うぅぅ。僕はー僕はーこんなところにいたくありましぇぇぇん!後衛なんですぅぅぅ」
ってわけで!
すちゃっと逃げようとする小柄な男を紅の青年は視線を襲撃者達に向けたまま、その首根っこをひっつかまえた。
「にげんなよ。これからがおもしろいんだろ」
「じぇ、ジェネレーションギャップが僕たちにはありそうだねぇ!」
「だいたいおめぇが、こっちが狙われるはずだって罠はったんだろうが」
「ふふふふ。僕は参謀役であって歩兵ごときじゃー」
「誰が歩兵だ・・・歩兵?歩兵って真っ先に戦えるからいいのか?」
「おつむの弱い子だね、きみは・・・」
四十近い猫背の男―委文(しとり)は哀れむ目を青年に向け、はっと青ざめた。
目の前には炎の塊。
それも壁を覆い尽くすほどの量。
「いぃやぁだぁ!僕には妻がーみどりさぁぁぁん!」
「はっ油断したな!」
制御に油汗を浮かべていた少女は勝利を確信した。
『天は我を見放せり』
『天は我らを見放せり』
『ならば我らも見放せり』
『天に救いなど求めはせん』
青年達の輪唱が大気を動かし彼ら特有の響きが一帯のマギナを支配する!
他人の響きをもったマギナは扱いにくい。雅人は猫背をひっつかまえたまま舌打ちした。
『開・すべてを焼きつくせ、業火』
少女の叫びで炎の矢が二人めがけて解き放たれた。
炎は天井までをも焦がし、狭い廊下では逃げる場所もない。
濛々と来る煙を吸い込まぬよう簡易防護布を口に当てたまま少女は手を挙げ、余波を防いでいた青年達を止めさせた。
視界はほとんど無い。ゴーグルから見える範囲内では奴らが生きているかいないかは判らない。
しかし、今回の目的はあくまで、装置だ。
「さぁ、いくぞ」
くぐもった声に頷き、扉に手をかけた。
男二人がかりで一つの扉を押し開けた。
「お宝はどこだ?」
せいて一歩踏み入れた青年の鼻っ面の前に巨大な拳が浮かんでいた。
疑問に思うまもなく、青年は鼻がひしゃげ、鼻血をまき散らしながら廊下へと叩き返された。喉から一瞬の悲鳴が重なった。
一人が駆け寄るが完全に衝撃で気を失っている。
少女達の悪鬼のごとく怒る視線を一身に受けた青年、煤で黒くなった白き衣を羽織る先ほどの紅青年が手に付いた血を払うことなく叫んだ。
「いらっしゃぁい!ってこっちじゃいうんだろ?」
おらよ。もう一丁!
大剣を振り回し、近くにいた男三、四人をなぎ倒した。
その後ろではがたがたと震えながら頭を手で護り、男は猫背を通り越してエビ背になっていた。
「君、マギナなんていらないんじゃないかなぁ」
「そんなっまさか!」
リーダー格の少女が叫んだ。
あれだけの炎矢をどうやって逃げたというのか。空気を吸えばたちまち肺をやけどさせるだけの熱量もあったはずだ。
「あぁいやだいやだ。野蛮人はこれだからいやだ。もしあれが重要な壁だったらどうする気だい?倒壊してもしらないからね!」
「死ぬよりましだろ!」
視線の先には大きく開いた壁。分厚い壁に大穴が開いていた。
「力業にもほどがあるよ」
「化け物か!」
少女の声に雅人が反応した。女と今更ながらに気がついたようだった。余裕の笑みを浮かべる。
「なんだ、女か」
おもんねぇー。
小馬鹿―いや、完全に馬鹿にしたその物言いに、少女は歯ぎしりを止めることは出来なかった。
「馬鹿にしやがって!みんな、陣形を取れ!」
立ち上がり、陣形を取った。前後に分かれ、お互いの頭が重ならないように並んだ。ちょうどそれは合唱の際の配列と同じだ。
「なんでぇ、さっきからみょうちくりんなことしやがっ・・・」
「ま、雅人君!」
少女を指揮者として立ち並んだ彼らを見て、委文が雅人に向かって大きな声で呼びかけた。
「あれは【聖歌隊】の陣形と同じだ!」
「・・・・・・・・・・・・・・せいか、たい・・・」
君って本当に嫌な子だね!
「一人じゃ使えないような巨大陣を執行するための陣だ!癒天使様が使っていた・・・!」
「癒天使?なら回復でもする気か?」
間合いを取って、己も陣を練り上げる。たちまち広がるは風の陣。
「違う!確かに【聖歌隊】は癒しを目的としていたけれど・・・!」
「あぁ、まどろっこしぃ!さっさと潰しちまえば、同じことだろうが!」
雑魚が集まっても雑魚なんだよ!
あほー!という委文の暴言も完全無視で振り切って、雅人はその己の相棒とする大剣を振りかぶった。
それを見た少女は陣形を取った仲間に指揮者のように手を大きく振った。
『開・爆風・雷撃』
『―――――!』
雅人の二連撃と歌詞のない低音のハーモニーが正面からぶつかり合った。
力は雅人の方が上だ。
勝利を確信して、雅人が一歩音水に足を踏み出したそのとき、雅人は剣を持った手を瞬時に動かした。爆裂が先ほどまでの雅人の手元で起こる。
「ぁん!?」
『開・醜の御楯』
委文が間一髪、雅人の背を護る形で、自分と雅人を覆うドーム状の結界をはった。結界外で爆音が響く。
轟々と次々に襲いかかってくる錐風に耐え、涙ながらに雅人に聞こえるよう声を張り上げた。
「人の話は最後まで聞くものだよ!いいかい。【聖歌隊】の陣形は輪唱やら合唱で閉所空間内のマギナに自分たち特有の振動を内包させるんだ!」
「だからなんだよ!」
「つまり、攻撃を【聖歌隊】の同調、総括・・【指揮者】の思いのままってこと!【指揮者】は同調してるだけだから精神疲労が少ないし、マギナが通常の安定状態じゃないから他人、僕らがマギナ使うのはかなり難しい!ってか今も結界の制御がきつい!みどりさぁぁぁん!」
なんでこんな高等技術をこんなハグレ達が知ってるのかさっぱりだけどね!
「わけわかんねぇこといってんじゃねぇよ!とっととこれをぶち破る方法を教えろっての!」
先ほどから陣を編み上げようとしても、変に活発化されたマギナでは落ち着かせることが出来ずに、支配から簡単にすり抜けてしまう。
結界はぎしぎしと嵐に揺れている。声は結界をうちやぶらんとさらに荒々しく歌い上げられる。少女もその細い体全体を使ってこの部屋にあるすべてのマギナに指示を与えていた。
雅人はぎりぎりと歯ぎしりをして剣をみた。マギナを必死にかき集めているはずなのだが、供給がされていないとランプが赤く点滅している。剣に任せた陣を編むこともできない。
「あぁぁぁ!俺は男の歌声に興味ねぇんだよ!!」
「そっちなのかいぃーーー!!」
委文はぜぇぜぇと息を切らした。結界はその姿が消えんとしていた。
「おい、消えかかってんぞ!」
「ぼくぁ、リサーチャーなんだよ!?あぁ、死ぬならみどりさんの隣って決めてたのに!」
「俺がいんのに死ぬわけねぇ!」
この妙ちきりんな振動がすべて悪いのだと、雅人は唸った。
戦闘に関しては彼は野生の勘が働く。
「・・・・・合唱、輪唱・・・・声、集合体・・・・響き・・・振動!」
雅人は猛々しい喜悦の笑みを浮かべた。貪りつくす野獣の表情に、気の小さい委文の方が泣きそうになった。
「おっさん!合図で結界をときやがれ!」
おっさん!?委文は精神的衝撃を受けたが、生きるか死ぬかの瀬戸際と、無茶な命令に慣れていたことですぐさまに了解の意を伝えた。
雅人は大きく息を吸った吸って吸い続ける。手を振り上げると同時に、
「南無三!!」
委文が絶妙なタイミングで結界を消した。
「はは!死を覚悟したようだね!」
マギナを一気に爆裂させようとした。こいつさえ殺してしまえば後は・・・!
「ひぃぃぃぃ!」
『おぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!』
咆えた。
その声は人から発生したものとは思えない。猛獣の雄叫びに空気が、マギナがびりびりと震えた。その声、否、音、否、衝撃で敵の体が一瞬止まる。
その瞬間に雅人が先ほど踏み出せなかった一歩を踏み出した。
その一歩は数メートル先にいた少女に肉薄する。大きく振りかぶった剣のランプは青。
「しまっ」
『俺の勝ちだな!』
爆撃が少女と聖歌隊劣化版を軽々と打ち破った。
「あぁー喉いてぇ」
咆吼に硬直し、へなへなとその場に座り込んだ委文は引きつった顔で雅人を見た。
未だに耳がガンガンと鳴り響いて良く音が聞こえない。雅人の至近距離にいたせいだ。
「雅人君、君って実は人間じゃないだろ」
何人もの声よりもさらに大きな声でもって縛られたマギナを自分のものにした。
声帯がかなり頑丈なものでないとこの芸当はできない。
「なぁ、こいつらってどうすんだ?」
気絶した集団を指さした。あれだけの力で気絶と打撲ですんだのは似つかぬ防護服を着込んでいたからだ。
頭痛までしてきた頭を押さえて、しかし委文の目は鋭く光った。
「捕まえて、お話を聞くよ。これは異常だ。こんな弱小チームが防護服と装甲服をそろえられるなんて・・・しかも稚拙だけど【聖歌隊】まで習得してるなんて普通じゃない」
何か、大変なことが起こりそうだよ・・・
雅人はじっと考えてから言った。
「つまり、戦えるんだな」
「君って本当に馬鹿ー!」